『エステル・ブランシェ……。……不思議な少女だな』
周りは全て水に囲まれているというのに、男は何食わぬ顔で目の前にいる女性に話しかけていた。
『が気にしていることは、一目瞭然のこと。見ているこっちがイライラするぐらいです』
『お前がそう言うとなると、よっぽどのことなのだろうな』
『ええ。……アベル・ナイトロードも、彼女のことを気にしているようですし』
『となると、“クルースニク”と“フローリスト”の関係にもよるかもしれないな』
エステルに対する異様なまでの執着心は、誰もが見てもすぐに分かるほどだ。
それなのに、当の本人はその気を見せず、心中を打ち明けようとしない。
いつも以上の頑固さに、2人は頭を抱えていた。
『まあ、どちらにしろ、私が表に出れば解明するかもしれない。――そろそろ、その時期が来ているようだしな』
『……まさか、動き出したというのですか?』
『正確には、動き出そうとしている』
地上の様子など、男にとっては手に取るように読み取れることで、
そこから予言することなど日常茶飯事のことだ。
それにより、目の前にいるTNL戦闘プログラムサーバ「ステイジア」も、
何度か助けられているほどだ。
『ストッパーを少しずつ外しているのは、の身を案じてのこと。一気に戻したら、
彼女の体が持たないからな』
『確かに。“剣を施した銃”を完璧に振り回すのにも、まだ少し時間がかかりそうですし』
『短機関銃の再発注を頼んだらしいな。よほど使いたくないのだろう』
『昔のことを思い出したくないんだそうですよ』
呆れたようにため息をつくその姿は、子供を心配する「母親」のようで、どこか微笑ましく見えてしまう。
かという自分も、「彼女」と同じぐらい、いや、それよりも長い間を見てきたのだから、
親同然と言える立場ではいた。
『それじゃ、手土産に1つ、用意しておくとするか』
『手土産?』
『そう。が一番知りたがっていることを、調べておこうと思ってな』
男の声に反応するかのように、背後に何やら文字らしきものが浮かび上がってくる。
軽く振れれば、何かを打ち込むかのように光が文字を読み、そして水が一気に消えた。
暗い空間内に、格子状の地面が移り出す。
そして向かう方向を知らせるかのように、1つの光が伸びて行く。
『私が戻って来るまで、のことは任せたぞ、「ステイジア」』
『承知いたしました、「マスター」。ご帰還、お待ちしております』
プログラム「ステイジア」へそっと笑みを作り、
男はその光の方向へ向かって、軽く地面を蹴ったのだった。
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