翌日、が到着した場所は、

教皇庁国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァが滞在しているスフォルツァ城だった。

イシュトヴァーンで引いた風邪が長引いているらしく、この地で静養していたのだ。




「――現時点で、ブリジット2世女王陛下の安否はまだ確認されていません。しかし、

侍医の判断では時間の問題ではないか、とも申されております」

「つまり、後継者のいない今、彼らは我々と信仰を深めておく必要がある、ということですか?」

「いかにも」




 格好はミラノ滞在中に着用する服装のままなのに、

は何故か距離感のある口調で報告していた。

その真意を、カテリーナはどう感じているのかなど、にはどうでもいいことだった。




「もしそうなった場合、私はこの身だから、身動きが取れなくなる。けど、聖下1人で行かせるわけにはいかないわ」

「私が護衛についてもいいのですが、生憎、今はシスター・エステルの秘書をしている身。

彼女から離れるわけにはまいりません」




 の口調に、少し苛立ちを感じながらも、

カテリーナはそれを表に出さないように気持ちを押し込めていた。

それを知ってか知らずか、は淡々と彼女へ報告する。




「……それでは、シスター・エステルが同行するのであれば、あなたは聖下の護衛につける、

ということですか?」

「え?」




 突然の発言に、は思わず小さく声を挙げる。




「シスター・エステルに、私の代役をお願いする、というのはどうかと言っているのです。

そうすれば、秘書役であるあなたも、必然的に同行することになり、聖下の護衛も出来る。

――違いますか?」




 カテリーナの発言に、はまたもや反論が出来なかった。

確かに、今のエステルならカテリーナの代役を立派に果たすことが出来るし、

そこに自分もついていけば、聖下の護衛も一緒に出来る、まさに一石二鳥な考えだった。




「……分かりました。では、シスター・エステルのスケジュールの一部変更をボルジア枢機卿に

申し出てみます。勿論、向こうからの声がかかってから、の話になりますが」

「お願いします、

「それでは、私はこれで。すぐにローマに戻り、本来の仕事に戻りますゆえ」

「……待ちなさい」




 一礼して、カテリーナへ背中を見せる。

扉に向かって歩き始め、ノブに手をかけたその時、背後から呼びとめられる声に、

思わず手を止めた。




「何でしょうか、猊下?」




 呼び止められ、振り返ったその表情に、あの、優しく、温かな笑みはなかった。

針のように尖っていて、何かを恨んでいるかのようなその目に、

カテリーナは言葉を失ってしまいそうだった。




「……ご用件がないようでしたら、私はこれで、失礼しますが」




 なかなか次の言葉を出さないカテリーナに、は相手の言いたいことを読み取る。

そして大きくため息をつき、その答えを言う。




「……私があなたの病状のこと、何も知らないとお思いでしょうが、ちゃんと分かっているのですよ、

カテリーナ・スフォルツァ」




 がフルネームで呼ぶこと。それは、ある種の反攻声明だった。




「そして、そんなあなたの言いなりになって動くことに、疑問を抱いているのも事実にあります。

――私は、あなたの発言が全て正しいだなんて、思わない」




 それだけ言うと、は扉の奥へと消えて行った。



 この発言で、カテリーナがどう思おうが、にとってはもうどうでもいいことだった。

これ以上、彼女の指示に振り回されたくなかったという、自分の考えは間違っていない。

指示に従い続ければ、大事なものを見失う可能性が高くなる。

見失ってからでは、遅すぎる。



 階段を降りて、玄関へ向かって歩き出す。

しかし、そう簡単に解放させないかのように、頭上から声が聞こえた。




「シスター・




 呼び出され、振り返った先にいたのは、カテリーナの側に付き添っているトレスだった。




「どうしたの、トレス? 何かあったの?」

「先ほどのミラノ公との会話を傍聴した」




 恐らく、哨戒から戻り、報告しに来た時に耳に入ったのだろう。

はすぐに理解し、階段から降りてくるトレスを見つめた。




「それがどうかしたと言うの?」

「卿は先ほど、ミラノ公の発言が全て正しいとは思わないと言った。だが、それは間違っている」

「あなたは何でも、カテリーナの意見に賛同しすぎるのよ」

「俺の最優先事項(トップオーダー)はミラノ公にある。俺は当然の行動を取っているだけだ」

「その最優先事項(トップオーダー)が、私の場合はカテリーナじゃない、というだけのことよ。そう深く考えることじゃないわ。

それに、現に彼女は、あなたよりも長い付き合いである私やアベルに、自分が膠原病に犯されていることを

言わなかった」




 の発言に、トレスは一瞬目を見開いたかのように見えたが、

どうやって情報を手に入れたのかが分かったからか、すぐに表情を戻した。




「彼女は私達に隠し事をしている。そんな彼女の発言を信じろと言われても、そう簡単に出来るよう

なことじゃない。だから私は、仕事以外のことで彼女の言いなりになるのは止めたのよ」

「――まだ話は終わっていない」




 トレスに背を向け、再び玄関へ向かって歩き始める。

だが再びトレスに呼ばれ、呆れたように振り返る。




「卿はもう、ここへは来ないのか?」

「仕事の報告とかで、来なきゃいけない時が来るから、それはないわよ。――そんなに私がカテリーナから

離れるのを見るのが嫌なの? 独占出来る、絶好のチャンスだというのに」

「卿とナイトロード神父が離れると、ミラノ公の病状が悪化する怖れがある」

「膠原病は精神病の一種じゃないのよ。それに、そう簡単に倒れる人じゃないわ」






 トレスはまだ何かを言いたそうだった。

 だが、それを発言することなく、が立ち去る姿を見つめているだけだった。











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