アルビオン訪問の知らせは、すでにエステルに伝えられていた。
たまたま彼女に用があったアントニオから話を聞いたのだと言う。
「本来ならはお断りなんでしょうけど、今回だけはそいこう言ってはいられないと、
ボルジア枢機卿がおっしゃっていました」
「その通り。だから、いつもより慎重にならないといけないわ。インタビュー1つにしろ、
言葉を選ばなくてはならないわけだし」
「あたし、当日までに言葉、考えておきます」
「その方がいいわね。今回は私とケイトが一緒に行く予定でいるから、もし心配なこととかがあったら、
何でも聞いてね」
「はい」
少し緊張した表情を見せていたエステルだったが、
に優しく微笑まれると、それが自然と解れて行く。
の笑顔には、何らかの力があるのではないかと思わせるぐらい、安心することが出来るのだ。
今日もいつもと変わらず、エステルはたくさんの取材に答えていた。
同じ質問をされても、違う言い回しを考えなくてならないため、時折困ったような表情を見せるが、
が口パクでエステルに伝えてくれたお蔭で、何らくこなすことが出来た。
インタビューを受けるエステルを、は感心しながら眺めていた。
“イシュトヴァーンの聖女”と呼ばれてから、早いもので4ヶ月が経過しようとしている。
その中で、エステルはめきめきと成長をしていった。そんなエステルを、は誇らしく思えた。
(本当にこの子は、“星”のように、輝いている子ね)
ふとそう思ったのと同時に、は動きを止めてしまう。
自分の発言に疑いを持ったのではない。だが、何故か違和感があった。
再び視界に映る、あの光景。
1人の女性が、1人の赤ん坊を抱きかかえ、笑顔を見せている姿。
今まで伏せていた顔が、の姿を見つけたかのように微笑み、
そして、そっとに言う。
『私の子供は死産したことを、よく知っているのはあなたでしょう? この子は…………』
<……さん、さん!>
突然聞こえた声に、はすぐに我に返った。
横を見れば、いつの間にか現れたケイトが、心配そうに様子をうかがっていた。
<顔色がよくありませんわ。具合でも悪いのですか?>
「い、いいえ、大丈夫よ。ごめんなさい、心配かけて」
表情を隠すように、少し無理して笑顔を送る。
ケイトはそれに気づたが、わざと気づかない振りをして、に報告する。
<ボルジア枢機卿が、例のアルビオン訪問で、2、3、聞きたいことがあるから来るようにと
言われているんですが、どういたしますか?>
「アベルが代わりに行っていると思うから、彼に報告すると思うわ」
<アベルさんに? ――ああ、確か今日はお休みでしたわね>
「お茶の時間にガトーショコラを用意するからって言ったら、簡単に引き受けてくれたのよ。
エステルとのお茶の時間には合わないのが残念だけど」
<こればかりは仕方ありませんわ。シスター・エステルの方には、あたくしが代わりに
ハーブティーをご馳走します>
「私の分も取っておいてね」
<そうおっしゃると思いました。ご心配なく。さんの分はしっかり取っておきますから>
「ありがとう、ケイト」
笑顔で喜びを表現するに、ケイトはいつもの彼女の笑顔に戻ったと思い、
ゆっくりとその場から姿を消した。
が、事実、本当の笑顔など戻ってはいなかった。
もしの思っていることが本当ならば、エステルは大変な人物の娘であることになる。
それも、18年前、が取り逃がした、あの人物の。
(まさかエステルは……、……エドの、娘?)
エドワード・ホワイト。
18年前、“ホワイトの乱”を引き起こした張本人は、
当時、自分の娘と共にアルビオンを離れたと言われていた。
その後、彼はヴィエナで事故死し、その時、その娘も一緒に死亡したと言われていた。
彼がイシュトヴァーンまで辿り着くはずがない。
しかし、もしの脳裏に映る、あの赤ん坊がエステルだとしたら、
その考えは正しいことになる。
「スクルー」
『その件に関しては、「マスター」が調査中だ』
「……マスター?」
情報プログラム「スクラクト」の言葉に、は思わず顔を顰めた。
の知っている限り、彼らが「マスター」と呼ぶ人物は、「1人」しかいないからだ。
「まさか、『彼』が動き出した、ということ?」
『詳細は不明だ。ただ、この件に関しては裏からの調査が必要なため、「マスター」が責任を持って
調べるとプログラム「ステイジア」から聞いている。よって、我は一切関わることが出来ない』
「それじゃ、『彼』の情報を待たないといけない、というわけね」
どういう経緯で、「彼」自ら調査に出たのかは、にもよく分からなかった。
ただ、1つ言えることは、今回のアルビオン訪問は、単なる帰省ではない、ということだった。
何か、大きな事件が起こるかもしれない。
自分の、いや、自分とアベルの身に、大きく振りかかる「何か」が、始まろうとしているのではないか。
不安が、徐々に大きくなるのを、体中に感じていた。
覚悟を決めなくてはならない。
奥底から湧き上がる不安に、は身を硬くしたのだった。
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