「情熱の国」と呼ばれているカタロニア公国の中の都市、バロセロナは、今日もきれいに晴れ渡っていた。

 は休日を利用して、聖メルゼデス女子修道会のミサの欠員を埋めるべく、久々の尼僧服と格闘しながら礼拝堂にいた。
 式典とかにしか着ないため、思ったように身動きが取れない。


(こうなるんだったら、任務以外の日はこの格好の方がいいのかも)

 お祈りを捧げながらも、そんなことを考えつつ、何とか無事にミサを終えた彼女は、礼拝堂の前で大きく伸びをする。
 するとそんな彼女に、後ろから聞き覚えのある声で呼び止められた。


「その様子だと、相当堪えているみたいね、ちゃん」


 伸びをしながら後ろを振り返ると、声をかけた人物の顔を見て笑顔に変わっていく。
 白い尼僧服に、スカート部分にスリットが入っていて、そこからはガーターベルトと網タイツを穿いた足が覗かせている。


「ノエル! 久し振りね」
「本当、半年振りよ、ちゃん。ここまでは無事に来れた?」
「ええ。『ノエルに頼まれた者だ』って言ったら、すぐに通してくれたわ」
「そ。よかった」


 ノエル・ボウは元Ax派遣執行官“ミストレス”として動いていた人物で、にとっては良き「お姉さん」のようなものだった。
 だからなおさら、許可を下ろしてくれたカテリーナに感謝をしていた。


「さて、今日はこのまま何もないんでしょ? 2人でランチでもどう? お礼にご馳走するわ」
「本当!? ありがとう! でも……」
「着替えたいんでしょ? 私もちゃんの尼僧服姿より、僧服姿の方が見たいわ」
「さすが、ノエル。……でも、ちょっと慣れさせたいから、このままでいいわ」
「そ? じゃ、行きましょう」


 たまには、このままでも悪くない。今日は何もないし、着替えに戻るのも面倒だ。
 だったら、このまま動いた方がいい。
 はそう考え、ノエルとともに街に繰り出した。

 街は平日だと言うのに賑わっていて、昼時ということもあってか、どこも人がいっぱいだった。
 この分だと、席を取るのは難しいだろう。


「どうしましょう。ちゃんのことだから、カフェとかの方がいいのよね?」
「ううん、そんな、気を使う必要なんてないわよ。……あ、あれ買って、公園とかで食べるのはどう?」
「そんなのでいいの?」
「十分満足よ」


 ノエルは確認するようにに言うと、彼女は満弁の笑みでそれに答えた。
 尼僧服だからなのか、いつも以上に輝いてみてしまうのはどうしてだろうと、ノエルはふと思ってしまう。

 移動ワゴンでバケットのサンドイッチと紅茶を購入すると、近くの公園のベンチに座る。
 目の前にある噴水の水が、キラキラして眩しいぐらいだ。


「こういう風にランチを取るのも、悪くないわね」
「でしょ? 今、これがお気に入りなの」
「いかにも、ちゃんらしいわね」
「へへ〜」


 さすがのも、ノエルが相手だと子供っぽくなってしまう。
 それはノエルが大人すぎると言うか、が甘えているのかは分からない。
 けどはたから見れば、いい「姉妹」である。


「ところで明日、アベルがこっちに来るみたいだけど、任務?」
「みたいね。実は私も、それを手伝うように言われているの。ちゃんは、その間も休暇?」
「そ。スフォルツァ猊下は、私をよっぽど休ませたがっていたのか、アベルとノエルの任務を何も教えてくれなかったの。
私は1日に1回、カフェでボーッと出来れば、それで十分なのに」
「あなたは、働きすぎなのよ。だから、仕事馬鹿って言われるんじゃない」
「そうだけど……」


 確かに、はひたすら動き続けている。ヴェネツィアで1日オフだったが、
 アストのことで一晩つぶれ、翌日の任務を終え、そのままミラノでトレスの修理だ。
 その間にも、としては休んでいたはずだが、上司であるカテリーナとしては、そうとうは思っていなかったらしい。


ちゃんは、カテリーナ様に言われた通り、ゆっくり休めばいいの。観光だってしてないでしょ? 私は仕事があって無理だけど、
出来るだけ時間をあけるから。ね?」
「そんな、ノエルに無理なんて言えないわ。観光ぐらいなら、私1人でも出来るし。それにアベルもアベルで、時間空けてくれるみたいだから」
「ふーん、相変わらず、お互いに想い合ってるわけね。……何か進展あったの?」


 ノエルの最後の一言に、は少し焦ったように、紅茶で咽てしまい、咳き込みながら前かがみになる。
ちゃん、大丈夫?」
「ノエルが変なこと、言うからでしょ!?」


 が慌てたように、もう一度紅茶を飲んで落ち着かせ、ノエルは背中を擦りながらも笑っていた。
 どうやら、予想的中らしい。


「どうやらその様子だと、特に進展はなさそうね」
「まぁね。……でも以前より、頼ってはくれるようになったわ。何かに躓いたりした時とかね」
「そう。アベル君も、成長したのね」
「たぶんね」


 ここ最近の任務――マッシリアでもヴェネツィアでも、アベルはを頼っているように見うけれた。
 まだAxが出来たばかりのころは、自分で全部抱えてしまって苦しんでいた。それが少しずつ解消してきてはいるようだ。


「ノエルはどうなの? 誰か気になる人とか、出来たの?」
「周りが女性ばかりだもの。そう簡単には出来ないわよ。……でも」
「でも?」
「……アベル君みたいな人がいれば、すぐに告白するのに」
「……まだ未練があるの、アベルに?」
「あら、人聞きが悪い。そんなんじゃないわよ」
「本当にそうかしら?」
「何? 私を疑っているの?」
「別に、そんなんじゃ……」


 Ax時代、という存在がいつつも、ノエルはアベルに「仲間」以上のものを持っていた。
 がいなくなった時に、すぐに支えてあげたいと思っていた。
 しかし彼女の能力を通して“視える”真っ黒な闇を含め、彼を愛する自信がなかった。

 しかしには、それを支える“光”みたいなものを感じていた。
 アベルとは逆の眩しい光が、彼の心を癒しているのではないか。
 そう考え、ノエルは1歩下がったのだった。


「そう言えば、ノエルって昔、よくアベルを連れてあっちこっち行っていたわよね」
「そうそう。そのたびに彼、困った顔をしていたわ。懐かしい話ね」
「全くよ」


 当時のアベルの顔を思い出し、2人でクスクスと笑い出す。そして昔話に、花を咲かせていった。

 もノエルも、こうやって話すことが好きだった。
 人見知りが激しいが、ここまで他人と話せるようになったのも、半分はノエルのおかげだと言っても過言ではなかった。
 彼女が昔から、いろいろな人とお茶会を開いたり、他のシスター達との会話に誘ってくれたりしたため、
 今じゃほぼ改善され、誰とも親しく話せるようになったのだ。
 このことがあるから、なおさらはノエルに頭が上がらないのだ。


「さて、私はそろそろ行かなくちゃ。実は、アベル君に頼まれて、ちょっと潜入捜査しているのよ」
「そうだったの? そんなこと、アベルは一言も……」
「言ってしまったら、ちゃんのことだから、絶対に自分も参加したがるから言うなって言われていたのよ。
それぐらい、みんなあなたのこと、心配しているのよ」
「アベルが、そんなことを……」


 いつも仕事のこととか、に話してくれるだけに、今回のアベルの行動が嬉しい反面、淋しさを感じていた。
 少しでも力になりたい。少しでも彼を助けたい。けど……。


「……ちゃん。アベル君は貴方を休ませたかっただけで、それ以外のことは何も考えていないと思うの。だから、そんなに落ち込まないで」
「落ち込んでなんて……」
「そう、どんよりとしているのを、『落ち込んでいる』っていうのよ」


 ノエルの言葉が、優しくの胸に響く。
 そして、そっと抱きしめられ、ケープの上から、そっと髪を撫で下ろした。


「大丈夫よ。アベル君は、あなたを1人置いて、どこかに行くような人じゃないわ。それに、ちゃんの前にいる彼、
時々違う人のように見えた時もあったから」
「そう、かな?」
ちゃんはそれが普通だと思っているから、きっと変化が分からないのよ。でも他人から見れば、それが明らかに違うって分かるわ」


 抱きしめていた手を緩め、の頬にそっと触れる。
 まるで「妹」を慰める、「姉」のように。


「いいこと、ちゃん。貴方とアベル君の関係が何なのかは分からないけど、あなたは彼のそばにいなくちゃ駄目よ。
そうしなきゃ、彼の中にある“闇”が、大きくなっていくから」
「ノエル……」
「あ、そうそう。今回の任務が終わったら、3人でフラメンコを見に行きましょう。本当、すごくきれいなんだから。感動するわよ」
「……本当?」
「ええ。だからほら、元気出して。ね?」
「うん……。……ありがと、ノエル。本当に……、ありがとう」


 がお礼を言うように微笑むと、ノエルも負けないぐらいの笑みで答えた。
 その笑みは、ずっとの中で、鮮明に描かれていった。

 ノエルには、これからもたくさんのことを教えてもらわなくてはいけないのかもしれない。
 そうすれば、きっと自分は、もっと「人間」として大きくなれるような気がする。
 そしていつか、誰でも平等に考えることが出来る、そんな人になりたい。
 は自然と、そう思うようになっていった。



 しかし、そのの願いが叶うことは、二度と訪れなかった。












「SILENT NOISE」です。
ですが、またオリジナルで飛ばそう作戦に出ています(汗)。
実際、は事件に関わっていないため、今回はこんな感じにしてみました。

はあまり尼僧服を着ないため、本当、これは貴重かもしれません。
今後、彼女は着るのでしょうかね? どうなんだろう??
ま、番外編でもいいので、着る機会を作りましょう!





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