それから2日後、何者かによってサンツ駅が倒壊され、海に沈んだというニュースが流れた。
その前にも5件の爆発事故があったのは知っていたが、今回のケースもそれと同じ規模の爆発だったらしい。
『駅の中には、ドメネック製薬社長、ハイド・ドメネック博士――本名ジェームス・バレー教授がおり、ローマへと逃げる途中だったと思われる』
「ということは、相手は彼を抹殺するために、あんな大掛かりな爆発騒動を起こしたって言うの? ありえないわ」
昼下がりのあるカフェで、は珍しくカプチーノを口に運びながら、
小型電脳情報機(サブクロスケイグス)の画面に現れている「者」と会話を続けていた。
カプチーノのほろ苦い味が、口の中に広がっていく。
「で、アベルとノエルは、そのことで調査しているわけでしょ? こっちで何らかの情報を入出出来れば、少しは楽になるってことよね?」
『わが主よ、汝は今、休暇の時。“ミストレス”同様、仕事にはかかわらない方がいい』
「分かっているけど、そうとも言っていられる状況だと思っているの? こうしている間にも、影でいろいろ動きがあるのなら……」
『いい加減にしろ、わが主よ。我を怒らせる気か?』
「……すいません」
プログラム「スクラクト」に怒られると碌なことがないことを知っていたため、
これ以上の反撃は無理だと判断し、この場はとりあえず下がることにした。
これは、しばらく様子を見た方がいい。
「そう言えば、ケルンにいたアルフォンソ・デステ大司教様が、もうじきローマにお戻りになるのよね?」
『その通りだ、わが主よ。それが、どうかしたのか?』
「昔、前聖下に仕えていた時に、よくお会いになっていたのよ。とても気立てがよく、柔らかな感じのお人だったわ」
『その者を、どうしてスフォルツァ、メディチ両枢機卿はローマから追い出したそうとしたのか?』
「理由はいろいろあるけど、答えをあげるとしたら、2つあると思う」
“帝国”を早く潰してしまいたいフィレンツェ公フランチェスコ・ディ・メディチ。
“薔薇十字騎士団”を早く倒し、両親の復讐を果たしたいミラノ公カテリーナ・スフォルツァ。
この2人が上に上がるには、自分の異母弟であるアレッサンドロ][世を教皇にするしか方法がない。
そしてそれを実現させるために、彼らは1つの手段を取った。それは……。
「……あの日、私は賛成して、よかったのかしら?」
昔のことを思い出し、ふとは呟いた。
相手が聞いているのかどうかはともかく、当時、自分がやったことが正しかったのか、真剣に考え始めていた。
「確かに、カテリーナとメディチ猊下のやったことは正しいと思う。カテリーナが上がらなければ、Axだって発足されなかったし。
けど、そのために、幼いアレクを教皇にする理由なんて、どこにもないわ」
『後悔しているのか、わが主よ?』
「どうなんだろう? 後悔、なのかな。でも、もう戻すことなんて出来ないし、後悔しても仕方がない。だったらちゃんと、そのことを大司教様に認めてもらうしかないわ」
にとっても、前聖下であるグレゴリオ30世の弟君なのであるから、彼とも仲良くやっていきたい。
自分が争っていいのは“騎士団”だけで、それ以外とは戦いたくないし、血を流したくない。
だからなおさら、今回のことが何事もなく、無事に終えることを願っていたのだった。
カプチーノを飲み終え、小型電脳情報機の電源を切ると、その場に立ち上がり、カフェを出て行く。
空は青く、太陽は輝きを増し、思わず目を顰めそうになるぐらいだった。
『今回の任務が終わったら、3人でフラメンコを見に行きましょう。本当、すごくきれいなんだから。感動するわよ』
「……今のうちに、見たいものを調べておこうかしら」
ノエルとの約束を思い出したは、早速チケットショップを探しに、大通りを歩き始めた。
鮮やかな色で飾られた店達は、本当に新鮮で、ローマとはまた違う雰囲気を感じさせていた。
近くにチケットショップがあるのを発見し、は中に入り、近々行われる舞台を調べ始めた。
プロからアマまであるから、探すのは結構難しい。
店員に、お薦めの舞台を紹介してもらった方が早いのかもしれない。
いくつかのパンフレットを手にとって、店員に話し掛けようとした、その時だった。
外が急に騒ぎ始め、たくさんの人々が、ある一方向に向かって走っていくのが見えたのだ。
パンフレットをとりあえず元に戻すと、は店を出て、人々が向かっている方へ足を進めた。
最初は歩いていたのだが、次第に早くなり、いつの間にか、彼女は全速力で走っていた。
嫌な予感がする。とてつもなく大きくて、胸元が締め付けられるぐらいに。
このムカつきを治すには、この騒動の真相を探るしかない。
そうしない限り、収まることなんてあり得ないのだから。
走りながらも、は腕時計式リストバンドのリングの中心を「3」に合わせ、横にあるスイッチを入れる。
文字盤が緑に光り、基盤の張りが手首に触れると、が呼びかける前に、そこから声が漏れてきた。
『わが主よ、聞こえているか?』
「ばっちりよ、スクルー。この騒動は何?」
『只今、ドメネック製薬本社ビルが、共振崩壊誘導システムの低周波により崩壊され、
その周りのビルや教会なども、次々と惨劇に巻き込まれている様子。死者の数は不明だが、ドメネック製薬の社員全員の死亡はほぼ確定している』
「ドメネック製薬って……、…………まさか…………!!」
の目が大きく見開け、真実を知ったかのように、さらにスピードを上げて走り出した。
もし、もし思っていることが当たっていたら。いや、そんなことになって欲しくない。
もし当たっているとしたら、彼女は……。
人集りが出来ているところをかき分けて、彼女は最前列まで進む。
そして……、一気に青ざめていった。
高く聳え立っていたはずのビルが、瓦礫の山と化している。
その中から、助からなかった者達の腕や足、顔が覗かせている。
どれもピクリとも動かず、赤く染まっている。
1歩前に出て、他のビルの瓦礫に目を移す。
そこもやはり同じようになっていて、身内なのだろうか、周りで悲鳴が聞こえている。
歩いてみていくと、ちょうど目線より下にある瓦礫の山の途中に、緑に光るものを発見した。
何気なくそれを広い、よく見てみる。
この形、見たことがある。誰かが、耳につけていたものだ。
それは……、それは……。
それは……、彼女が大切にしていた人に、ローマを離れる時にプレゼントしたものだった……。
「はい、ノエル。これ、お餞別」
「いいの? 何かしら。……あら、素敵なイヤリングじゃない!」
「でしょ? この前、カルタゴへ任務に行った時、目について買ったの。ノエルに似合いそうだなぁって思って」
「そうだったのね。ありがと、ちゃん。つけてみていいかしら」
「もちろん。……うわぁ、思った以上によく似合ってる!」
「そう?」
「うん! 本当、よかったぁ〜!」
「私も、何か気分が変わっていい感じよ。ありがと、ちゃん。大事に使うわね」
「そんな……、嘘でしょ……?」
片方しかないイヤリングを握り締め、その場にしゃがみ込む。
目に溜まっていた涙が自然と流れ出し、手元を濡らしていく。
「ねぇ、嘘でしょ……? こんなの、こんなの、嘘だよね……?」
彼女の脳裏に、たくさんの笑顔が浮かび上がる。
最初の頃、なかなか馴染めない自分を、たくさんの街に案内させ、打ち解けさせてくれた時のこと。
シスター達の輪に自分を入れてくれて、どうでもいいことをたくさん話して、笑った時のこと。
任務先で、無理がたたって倒れた自分を、夜を徹して看病してくれた時のこと。
そして先日、そっと抱きしめてくれた、あの温もり……。
もう、誰も失いたくなかった。
誰もいなくなって欲しくなかった。
自分が大事にしている人だけでもいい。
それでもいいから、守りたかった。助けたかった。救いたかった。
なのにそれも出来ず、ただその場に立ち尽くすだけの自分がいた。
「ノエル―――――!!!!!」
の叫ぶ声だけが、その場に静かに、響き渡っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
聖家族贖罪教会(サグラダファミリア・カテドラル)の中に入り、エレベーターで頂上まで上がる。
ドアがゆっくり上がり、目の前に膝まついている男を発見し、立ち尽くしてしまう。
目の前には大きなパイプオルガンが置かれており、誰かが弾くのを待っているようだった。
いや、もうすでに弾き終わり、椅子が中にしまわれていた。
ゆっくりと足を進め、男の方へ向かう。
彼の今の表情がどんなのかぐらい、にははっきり分かっている。
だから何も言わず、彼の真後ろに立った。
「……俺は、また守れなかった」
男の声が、静かに響き渡る。その声に、は耳を傾けているだけだった。
「また大切な人を、失ってしまった……」
「アベル……」
2人の声だけが響く空間を、いつから灯っているのか、ロウソクが静かに揺れている。
まるで誰かを、敬うかのように。
「俺はまた何も……、何も出来なかった……!」
自分を攻め続けるアベルを見るに耐えなくなり、は彼の正面に周り、自分も膝をつき、強く抱きしめる。
まるで、何かを訴えるかのように。
「もう、やめてよ……」
抱きしめながら言う彼女の声は、もうすでに泣き声だった。
「自分だけを攻めるの、やめなさいよ……」
アベルだけじゃない。
自分もこの惨劇を見逃し、彼と同じように大切にしていた人を失った。
休暇中の自分を気遣って、何1つ任務のことを告げず、終わったら3人で、楽しく休暇をすごすはずだった。
どんなに重要な任務なのも知らずに、自分は……。
「みんな、みんな、自分を攻めたくて仕方がない。あのビルの中でなくなった人達の身内の人も、職場の同僚の人達も、消防署の人達も、
みんな、みんな悔やんでいる。そして……、私もノエルを助けられなくて、おもいっきり悔やしいわ」
アベルを抱きしめている腕が、小刻みに震えている。
怒りなのか。それとも、恐怖なのか。
「ノエルには助けてもらいっぱなしだったのに、いざという時に助けられなかった自分に腹が立って、仕方ないのよ……!」
次第に声が強くなり、それと同時に、アベルを強く抱きしめる。
まるで、自分の怒りを、彼に打ち明けるかのように、強く、強く、抱きしめた。
「……お前は、何も悪くない」
そんなを、そっと抱きしめながら、アベルは静かに、彼女を慰めるかのように話し始める。
「お前は、悪くない。俺がもっと早く気づけば、こんなことにならなかった。もっと早く気づいて、もっと早く助け出せれば、それでよかったんだ」
「違うよ、アベル。それは違う……」
「全部、俺が、いけなかったんだ……」
アベルの悪い癖なんて、もうすでにお見通しだ。
そうやってすぐ、すべて自分のせいにしてしまう。
それだから、すぐに爆発してしまうのだ。
しかし本当は、アベルの心を救おうと思っていたも、自然と自分を攻めてしまい、修整が効かない自体になってしまった。
それでもいいから、今はとにかく、このままでいた方がいいと思い、何も言わず抱きしめていた。
何も音は聞こえないはずなのに、2人の心の中には、静かにミサの音が奏でられていたのだった。
崩壊しつつあるバルセロナの中で、
どうやってノエルがいるところまでたどり着いたのか疑問に思う人いるかもしれませんが、
そのあたりは突っ込まないで下さい(大汗)。
何か、技法を使ったんですよ、何か!!
このシーン、実はちょっと気に入ってます。
が他人にはあまり興味がないのですが、失ったことにより、今までの想いとかが混みあがってくる。
それによって起こる悲しみは、きっと彼女の心に染みていくことでしょう。
で、とりあえず「SILENT NOISE」は事実上続きます。
しかし時差の関係で、「GUN’S N’ SWORDS」と交互になっています。
ご了承ください。
(ブラウザバック推奨)