【augura che lei felicitare】
天気は快晴。
任務はない。
渡り廊下を歩いているから爽やかな風が直に髪をなびかせる。
隣には長い付き合いの銀髪長身の神父。
でもなんだか 今日も何かが起きそうな気がする
それは嫌な事でも 怖いことでもなくて ―
「あれ、トレス君。」
急に隣にいた神父が向かいから歩いてくる同僚を目ざとく発見して彼に声をかけた。
そういえば目の前の彼は本日の午前中に任務から負傷して帰って来て
朝に弱い"教授"が引っ張り出されていたな、とかは思い出した。
アベルも同じ事を思い出したのだろう、彼の左腕を見て
その部分が問題なく動いているのを見て少しほっとしたようだ。
「今日の任務はお疲れ様です。腕の怪我は大丈夫だったんですか」
「回路がショートしていただけだ、問題ない。」
相変らずの返事には少し苦笑しながらも彼らしいと思う。
だが、いつもならこれくらいで会話を終了させようとする相手が
珍しく会話を継続させてきた。
「それよりもシスター・、ナイトロード神父
シスター・を見なかったか?」
「を? いいえ。ねぇ、アベル。」
といえば派遣執行官"ヴァルキリー"と呼ばれる比較的最近Axに参入した
金の髪に笑顔が印象的な少女だ。
派遣執行官"フローリスト"と呼ばれるは、この隣にいる相手に遅れること少ししてから彼女と会ったのだが、妹のようで少し気に入っていた。
その彼女の姿が見え無いと言う。
の言葉にアベルも首を縦に振る。
今日はこうして"剣の館"に一日中いるが、彼女の姿は少しも見ていない。
「ええ。さんはトレス君と今日の任務で一緒だったんでしょう?
トレス君が修理の間、カテリーナさんに報告でもしてるんじゃないですか?」
「肯定。しかし既にミラノ公に報告はなされ、特務分室、自室にも姿が無い。
よってこうして探索を行っている。」
は任務がないと大抵、特務分室にいるか
いなくても直ぐに見つけられる場所にいる。
そんな彼女の姿が見受けられないのに、少しだけ三人の間に緊張感が走った。
「分かった、私たちも探してみるわ。」
「協力を感謝する。」
の返事を聞いたトレスはこちらは任せたというように、
直ぐに踵を返すとそのまま来た道を戻って行ってしまった。
それを見送りながら、彼とは違う方向にもアベルも歩き出す。
だがそんな場合ではないのだが、急にアベルが楽しそうに頬を緩めた。
「トレス君もさんの事になると余裕が無いですね〜」
あの感情をうかがい知れない顔から付き合いの長いアベルもも
微かな感情にも似たものを読み取っていた。
日頃からは何かとトレスの傍にいることが多い。
そんな彼女が何も言わずにいないのに少なからずとも不安とか焦燥とか
そのようなものを微かに滲み出させていた。本人の自覚はないだろうが。
「それなのにお互い自覚がないんだもの。…見てて楽しいけれど、もどかしいわね」
「それにしてもさんどこに行ったんでしょうか…?」
そんな話をしていると、の耳が微かな声を聞き取った。
そして話を続けようとするアベルの口元を手で塞ぐ。
「アベル、しっ」
「…さん?」
声の大きさを落してアベルがの手をそっと外しながら、
不思議そうにその顔を見下ろしてくる。
だが、それに答えずには中庭に面している出入り口から外へ出た。
そして低木が遮っている部分を少しかき分けてそこにいた人影に声をかけた。
「…?」
名前を呼ばれて、地面に蹲っていた人物は肩を震わせてそっとこちらを振り向く。
その姿は黒い僧服を身に纏った金色の髪の者。
顔はその髪に隠れてしまっていたが、明らかにだった。
「さん、に、アベル! ど、どうしたんですか !?」
何かを抱えている彼女は二人の同僚に見下ろされて、慌てて立ち上がると
焦ってなにやら慌てている。
「トレスが探してたから……泣いてたの?」
「う、あ、その……っ……」
に言葉をかけられて、泣いていた事を思い出したのか
何かを言おうとしていたのだが、その口は涙をこらえるように食いしばられて、
その頬を再びぼろぼろと涙が零れ始める。
「あー、さん、泣かないで下さい !!」
「アベルはトレスにを見つけたことを言いに行って。」
「は、はい!」
滅多に泣こうとはしないが泣き出したのに大慌てしたアベルを
落ち着かせる為に指示を与えてあげてから、はに向き直って
静かに優しく声をかけてやる。
「どうして泣いてたの?」
「な、んでも…何でもないです。大丈夫…大丈夫です。
すみません、こんなみっともない所見せちゃって…」
「、何を抱えて……子猫…?」
涙を拭おうとする彼女の抱えている腕から、やせ細って泥まみれの子猫の姿が見えた。
だが、その子猫は少しも動かない。
それが何を意味しているかは分かって悲しそうに顔を歪めてしまった。
「助け…られなかったんです。」
抱いた子猫をそっと優しく抱きしめて、
は一度は緩んだ涙をまた零し始めた。
「任務に、行く時に…ここで、見つけた、のに……帰って来た時には……」
嗚咽が邪魔をして上手く喋れないのに、それでも事情を話そうとする。
この子がここに生きていたのをに伝えようとするかのように。
「この子達の事が気になって、注意が散漫になってて
トレスに庇ってもらって怪我までさせちゃったのに……私……っ…」
そして 自分が犯した罪を 救えなかった事を自身で責めるかのように
涙を 言葉を零す。
その姿が子供のようで でも自身を責める姿は大人のそれで
見ていても酷く胸が痛んだ。
だから母親が子供をあやすように優しく頭を撫でてやる。
その涙が止まるように
「貴女一人を責めては駄目よ、」
「で、もっ…!」
「貴女がそれを責めていては気が付いていながらこの子達を助けられなかった人達や、
この子達に気づくことすらも出来なかった人たちも責めなければいけない。
そう 私も責められるべき者。」
の言葉に、は驚いたかのように顔を上げる。
そして多少乱暴に涙を拭うと、首を横に振った。
「さんは…それは、違います! 私…そんなつもりで言ったわけじゃ…」
「がそんなつもりじゃないのは分かってる。
だから弔ってあげましょう? 今はそれが最善の方法のはず。
それからトレスには謝ればいいわ、怒っていないはずよ。― ね」
の背後に視線を向けて、は微笑んだ。
「トレス?」
もその言葉と視線に合わせて振り返ると、
そこにはトレスと、彼を呼びに行ったアベルの姿。
「……トレス、アベル……」
「ここにいたのか、シスター・」
彼に名前を呼ばれては慌てて頭を下げた。
「ご、めんなさい。…ごめんね、トレス」
「否定。俺の損傷は俺自身によるものだ。卿が謝罪するべきことではない。」
「でも…ごめんね。謝らせて欲しいの。」
一向に頭を上げないに困っているようなトレスを見て、
は少し微笑みながら助け舟を出してやる事にした。
「ほら、トレス。を探してたんでしょう?」
「肯定。報告書を作成する為に卿の証言も必要だ。」
「じゃあ、さんはトレス君と報告書を作りに特務分室に戻って下さい。」
「でも ―」
戸惑っているからはそっと子猫の体を受け取る。
少しだけその体が温かく感じるのは、こうしてずっとがこの子を
抱きかかえていたからだろう。
「この子達のお墓は私たちが作っておくから、終わってからお祈りに来てあげて?」
「……はい。さん、アベル…ごめ ―」
「ごめんなさい、は無しよ? ほら、笑って?
私はの笑顔の方が好きよ」
がにっこりと微笑むと、は少しだけ苦笑して
それからもう一度涙の後を拭って今度こそ今出来る精一杯の笑顔を向けた。
「はい。……ありがとうございます。 ごめんね、助けてあげられなくて…」
そしての抱いている小さな子猫の額にキスを落して
短い別れの挨拶をする。
天使のような美しい女性が死に逝く者を抱えている姿
そしてその者の別れを惜しみながらもそれを送る姿
それはまるで神聖な儀式のようにも見えた。
「シスター・、特務分室へ戻るぞ。
作業を早急に終わらせたいのであれば、早く戻る必要がある。」
「う、うん。 あ、二人ともすぐに戻りますから!」
踵を返して歩いていくトレスの後を小走りで追いかけていくの後姿に
先ほどまでの自責に押しつぶされそうな姿はもう無かった。
それを眩しそうに見つめていたに、
アベルが頭を軽く掻きながら声をかけた。
「さて、と。 シャベルでも借りてきましょうか。」
ここら辺がいいですかね、とか言いながら地面にしゃがみ込んでいる姿を見て、
抱きかかえている小さな子猫の体を見て、
は小さな声でアベルに呼びかけた。
「ねえ、アベル。」
「はい? どうかなさいましたか、さん?」
「は…優しいのね」
「ええ、そうですね。優しいですよ、とても」
派遣執行官にしておくには優しすぎますよ。と苦笑するアベルを見ながらも、
はアベルも似たようなものだと心の中で苦笑する。
ただこうして名前ももらえない間に主の下へと迎えられる事になった子猫に
対してですらああして泣いてくれる。
彼女の頬を伝って落ちた涙を思い出して、はぽつりと呟いた。
「私の…貴方の正体を知っても、
彼女はこの子達の様に私たちの為に泣いてくれるのかしら」
も派遣執行官の一人なので、自分のことは知らなくても
アベルの"クルースニク"の40%程度のことは知っている。
でもまだその先を彼女は知らない。
酷い姿だと罵られるその先を知って直、彼女はこの子猫と同様に
自分たちの為に涙を流して 自分たちを受け入れてくれるのだろうか。
そんな不安に狩られたの耳を、
アベルの自信さえ読み取れるような声が振るわせた。
「当然じゃないですか?」
「よくそんな自信満々に言えるわね。」
「当たり前ですよ。さんは、さんのこと大好きですから。」
「…そうかしら?」
なぜそんなに自信ありげに答えが返ってくるのかには分からない。
だが、それでもアベルは得意そうに微笑んでみせた。
「そうですよ。もちろん私もさんの事は
さんに負けないくらいに好きですよ」
「…え?」
「ほらほら、早くこの子達を埋葬してあげましょう?
さん、仕事早いんですから。私、シャベル借りてきますね!」
「え、ちょっと、アベル!?」
驚いているを余所に、アベルはそのまま駆けて行ってしまう。
最初は冗談かと思ったが、よく考えたら笑顔でニコニコしていたのは
恥かしさを彼が隠そうと必死な時だと知っている。
本当に冗談や、他意が無いなら彼は絶対に逃げたりしない。
と 言う事は ―
その後ろ姿を呆然と見送りながら、は言葉を零していた。
「まさか……?」
普段はあんなに頼りないけれど、いざと言う時は誰よりも頼りになる人。
<そうですよ。もちろん私もさんの事は
さんに負けないくらいに好きですよ>
自分を一番知っている 信頼出来て傍にいて欲しい人。
「いい逃げって反則よね…」
顔を真っ赤にして地面にしゃがみ込んだは、
気恥ずかしさを紛らわせる為にそんな言葉を吐き出すしか出来なかった。
す、す、素敵です! 素敵すぎます!
私の小説、あんなんでよかったのでしょうか(汗)。
、きれい! ちゃん、優しい!!
純粋に、子猫のことを想う姿、かわいらしいです。
そして話も、いいじゃないですか!
しかも、最後はもう悩殺です(爆死)。
1人でずっと、絶叫していました。
言い逃げしていくアベル、想像するだけでやばいです。
ああ、もう、本当に本当に、ありがとうございましたぁ〜!!!
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