長い残暑も終わり、ようやく涼しい日々が訪れたある日、
はトレスと共に中庭で報告書をまとめていた。
こんなに気持ちいいのだから、気分転換に外でやるのも悪くないのではないかと、
が提案したのだった。
「本当、すっかり秋になったわね。きっと今頃、紅葉がきれいなんだろうなぁ〜」
「哨戒で見回した時には、もうすでにいくつかの木の葉が色を変えていた。まだ見に行ってないのか?」
「ほら、近頃、ずっと任務で転々としていたでしょ? そのせいで、まだ1度も見に行ってないのよ。
今日はこれが終わったら、すぐにカテリーナに報告しに行かなきゃいけないでしょ?」
「肯定。さらに補足すると、明日は雨だという情報も聞いている」
「そうなのよねぇ〜」
は1年の中で、花が咲き乱れる春と木々が彩る秋が一番好きだった。
特に秋の色は、心を落ち着かせるのに最適なだけに、まだ1度も見ていないことが辛くて仕方がなかった。
「ま、秋はまだ続くし、そう逃げることもないから、とりあえず今は報告書仕上げないと。トレス、そっちはもう終わった?」
「肯定。あとは卿の分だけだ。早く処理をすることを要求する」
「了解」
は電脳情報機(クロスケイグス)を動かす手を早めると、一気にデータをまとめていく。
以前より使うことが少なくなったとはいえど、打ち込むスピードが衰えることなく、
むしろ早くなっているようにも感じる。
「それよりトレス、そろそろ消化器官つけさせてくれてもいいんじゃない?」
「否定。消化器官は任務に関係ないものだ。つける必要などない」
「みんなと食事とかしている間とか、1人で何もしないで立っていられると、
こっちが遠慮しちゃうのよ? ……もう慣れたけどね」
以前からは、トレスに消化器官をつけたくて仕方がなかった。
少しでも、物を食べる喜びみたいなものを体験して欲しかったというのがあったからだ。
それとは別に、もう1つ理由があるのだが、それはまた今度言えばいいと思い、
とりあえずこの場はため息1つで終わらせることにした。
「あとどれぐらいかかる、シスター・?」
「もう、本当にあと少しよ。……よし、これで終わり! く〜っ、これでようやく提出出来る〜!!」
電脳情報機にデータディスクを投入すると、そこにデータを保存しながら、1つ大きく伸びをした。
これでようやく、計画していたことが実行出来ると思ったら、嬉しくて仕方がなかったのだ。
カテリーナにこれを提出したら、紅葉がよく見えるカフェでゆっくりお茶をしよう。
1人で楽しむのも虚しいから、奢るという条件でアベルも誘って。
相手もエステルと別の報告書を書いている最中だが、もうそろそろ終えてもいい時間だろう。
「イクス神父! さん!」
データが無事に保存を完了し、ディスクを取り出してケープの内側にしまった時、
背後から聞き覚えのある声が聞こえ、トレスとはその方向へ視線を動かした。
1ヶ月前に正シスターになり、アベルと共に任務を終えて戻って来ているエステルが、
息を切らして2人のところへ走って来たのだ。
「どうしたの、エステル? そんなに血相かいて」
「お2人とも、ナイトロード神父、見かけませんでしたか?」
「アベル? 見てないけど……。ね、トレス?」
「肯定。シスター・エステル・ブランジェ、ナイトロード神父は卿と共に、
先日のアムステルダムの報告書を作成していたはずだ」
「それが、私がお茶を淹れに行っている間にいなくなってしまって……。さんの助言通り、
ロープで何十にして縛り付けていたのですが」
「……ナイフを隠し持っていたのね、あのお馬鹿神父は!」
1箇所にじっとしていることが苦手なため、は毎回、報告書を仕上げるたびにアベルを
ロープでグルグル巻きにしたりしていたのだが、その効果も攻略されてしまったらしい。
あまりにも素早い攻略振りに、は呆れて何も言えなくなりそうだった。
「もうこうなったら、次は手錠で繋げるしかないわね」
「肯定。しかし今は、ナイトロード神父を見つけ出すことが優先だ。シスター・、
どこか思い当たる場所はないのか?」
「う〜ん、調理場か、司祭寮の裏側か……。……あ、でもあそこは確か、
資料の保管庫が建てられたから無理よね。となると……」
の頭を横切ったのは、いつも2人で会っている“剣の館”の屋上だ。
しかしあそこには、お互い決まった時間にしか行かないから、今の時間にいることはまずあり得ない。
だとすると……、他に検討が着く場所はどこだろうか?
「……う〜ん、ちょっと想定するのは困難かも。あの人、逃げるとなると、平気で遠くまで行く人だから」
「そうですか……。あ〜あ、早く終わるかと思ったのに。ローマ観光もまだだから、
ゆっくりあちこち見に行きたかったなぁ……」
ローマに来て、まだ数日しか立っていないエステルにとって、一刻も早く多くのことを知りたい気持ちは大きい。
今日も報告書が終わったら、スペイン坂の方まで足を運ぼうと思っていた。
しかし思わぬところで落とし穴に嵌ってしまい、そこから抜けれなくなってしまった。
そんなエステルに向かって、は彼女を慰めるように肩に手を置いた。
「大丈夫よ、エステル。彼は絶対に見つけ出すから。私もトレスも、今ちょうど報告書を
仕上げたばかりで手が空いているし」
「でも、お2人もそれぞれご予定があるのでは?」
「俺はいつも通りに哨戒にあたるだけだ」
「私は一応予定があったけど、今すぐじゃなくてもいい用だから大丈夫よ」
そう言いつつも、今度いつタイミングが会うかどうかなど、全く予想がつかない。
出来ることなら今日のうちに叶えたいのだが、肝心なお相手であるアベルが行方不明だ。
予定を遂行するためにも、彼を探し出さなくてはならない。
「とにかく、2手に分かれて探しましょう。トレスとエステルは、“剣の館”内を探して。
私はこの周りを探してみるから」
「了解。行くぞ、シスター・エステル・ブランジェ」
「はい! お2人とも、ありがとうございます!」
「無用」
「どういたしまして」
トレスとエステルが“剣の館”に姿を消すと、は電脳情報機の電源を切り、
右耳の十字架のピアスを軽く弾き、姿の見えない相手に声をかけた。
「ヴォルファー、悪いんだけど、こいつを自室に転送してくれる?
あの馬鹿、また逃亡したみたいだから」
『了解。……ところで、わが主よ。“クルースニク02”なら、この近くにいるんじゃないかって、
さっき[スクラクト]が言っていたよ』
「アベルが? この近くに?」
プログラム「ヴォルファイ」の言葉に首をかしげると、近くで何かが動く音がして、
はすぐその方向へ視線を動かした。
しかし、そこには誰もいない。
「もしかして……、あそこ?」
『かもしれないね。とりあえず、僕はこいつを転送させておくよ』
「うん、お願いね」
『了解。座標確認、電脳情報機を“剣の館”内自室に移動。――転送開始』
目の前にある電脳情報機が薄くなっていき、次第に見えなくなっていく。
そして跡形もなくその場から姿を消すと、は先ほど物影がしたと思われるところまで行き、様子を伺った。
もしかしたら侵入者かもしれない。
用心のため、右側にしまってあった銃を取り出し、フルロードモードでスタンバイする。
再び物音がして、その方向に銃を向ける。
ざっとここから、2メートル先あたりだろう。
(……アベル、そばにいるなら反応して……)
まるでアベルに話し掛けるようにが呟いたが、返答が返って来ない。
となると、あれは侵入者なのか!?
「そこで何をしているの!?」
銃を物音がした方に向けると、そこに向かって引き金を引いた。
しかし相手に当たっていないらしく、その場から移動する音が聞こえた。
「逃がさないわよ!!」
は一気に走り出すと、目の前にいるであろう者を必死になって追っかけ始めた。
このまま進めば、“剣の間”に突入されてしまう。とにかく、相手をここから引き離さなくては!
『銃を下ろせ、わが主よ』
再び引き金を引こうとした時、耳元から聞こえた声がして、はすぐ手を止めた。
一体、どういう意味だ?
『相手は侵入者ではない。“クルースニク02”だ』
「でもスクルー、返事が……!」
耳元から聞こえるプログラム「スクラクト」に言いかけた時、目の前で誰かが倒れる音がして、
その衝撃が地面を通して伝わって来た。
とりあえず銃をしまい、その振動時点のところまで行くと……。
「アベル! あなた、何やっているのよ!?」
「ははっ……、やはり見つかってしまいましたかあ……」
苦笑いをしている銀髪の神父に、は呆れた視線を相手に送った。
彼女の応答に反応しなかったのは、気づかれたくなかったからなのか?
「私の声が聞こえているんだったら、ちゃんと反応しなさい! 侵入者かと思ったじゃないのよ!!」
「す、すみません。ちょっと、こう、何とかしてさんを呼び出す方法を考えていたら、
先に声をかけられてしまって……」
「私を呼び出す? それ、一体どういう……」
「何かあったんですか、さん!?」
アベルに問い詰めようとした時、“剣の館”にアベルを捜しへ行ったはずのエステルの声が聞こえ、
アベルが一瞬ビクッとなって、の腕を掴んだ。
「やばい、さっきの銃声だ! とにかくさん、逃げますよっ!」
「えっ、逃げるって、どういう意味よ!?」
「理由はあと! さ、行きますよ!!」
の理由に答える間もなく、アベルは彼女の右手をしっかり握り締め、その場から走り始めた。
その後ろから、聞きなれた機械化歩兵の声が耳元に届く。
「目標確認。ただ今、シスター・を連れて逃亡中」
「お願いだから、トレス、撃たないで〜っ!!」
かすかに銃を構える音がしたため、は思わず相手に向かって叫んだ。
が、聞こえなかったのか、こっちに向かって銃弾が飛び始める。
「キャーッ! お願いだから、やめてーっ!! アベルも止まりなさい!!」
「駄目です、さん! 今日逃したら、もう見れないんですから!!」
アベルが意味不明な返答をすると、スピードが先ほどより速くなっていく。
逃げ足の速さは、あのボルジア枢機卿のお陰で身に付いたのだろうか。
予想以上の速さに、だんだん息が切れそうになっていった。
(一体、どこまで行くのよ〜!)
の心の叫びが、体の悲鳴と共に放たれていることなど、アベルは知る余地もなかった。
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一体、どれぐらい走っただろうか。
ようやく2人の足が止まり、息を切らしながら前かがみになっていると、
隣にいる銀髪の神父が安心したかのように呟いた。
「よかった、何とか撒いたみたいですね」
「よかったじゃないわよ、この不真面目神父!!」
「ウガッ!!」
息を切らしながらも、どっ突きの威力は変わることなくアベルの脳天を直撃する。
「いてて……、何をするんですか、さん!」
「それはそっちの台詞よ、アベ――」
相手を問い詰めようとしたを止めたのは、横から吹く風に誘われるように映った光景だった。
確かここは、教皇庁内にある公園だ。
近くに鷲の噴水があるのが何よりも証拠である。
そしてが一番目を引いたもの――。
それは目の前に広がる楓の木々だった。
「すごい……。もうこんなに色づいていたのね……」
真っ赤に燃えるような木の葉を見つめながら、は驚きの声を上げる。
毎年、ここの紅葉には圧倒されていたが、今回は例年以上に見事な赤色だ。
「まさか、アベル……、私にこれを見せるために脱走したの?」
「明日から雨だって言っていましたからね。どうしても今日中に見せたかったんです」
予想通りの反応に満足してか、アベルの顔から笑顔がこぼれる。
この顔を見てしまうと何も反抗が出来なくなってしまうのはいつものことだが、
自分にこの紅葉を見せたいがために脱走したのだから、余計に反抗できなくなってしまう。
「……仕方ない。今回はこの楓に免じて、許してあげるわ。その代わり、休んだらすぐに戻るわよ」
「ええ、もちろん。エステルさんをこれ以上怒らせるわけにはいきませんから」
諦めたようにため息をつくと、は紅葉がなっている楓のうちの1本に向かって歩き出すと、
その木陰に腰を下ろした。
上を見上げると、真っ赤な天井が広がり、その間から太陽の光が差し込んでいる。
時々赤く染まった葉が静かに地面に落ち、まるで「紅葉の雨」のように目に映った。
「どうですか、さん。今年初の紅葉は?」
の隣に腰掛けたアベルが声をかけると、は我に返り、視線を彼の方に向けた。
その顔は満足げに微笑み、それを見た彼女の胸元がかすかに弾ける音がした。
「……馬鹿」
「えっ?」
「そんな風に言われたら、『よかった』って言うしかないじゃない……」
顔が赤くなりそうで、それを必死になって隠そうと俯いても、
強く抱きしめられてしまったらどうすることも出来ず、はアベルの胸元でゆっくりと目を閉じた。
かすかにだが、彼の鼓動の音が聞こえ、それがさらにを安心させていく。
「何か……、おもいっきり嵌められた気分」
「私はさっき、さんが紅葉を眺めてる姿見てやばかったですよ」
「そう?」
「ええ。……さんは、どんな風景でもぴったり嵌ってしまいますからね」
そういえば昔、同じようなことを任務先のヴェネツィアでも言っていたことがあった。
確か、あれは春だっただろうか? 任務途中にあった庭園を覗いた時、
あちこちに咲き誇る花を眺めていた時に言われたのだ。
本人、あまり気にしていなかったことだっただけに、他人から言われると少し恥ずかしくなってしまう。
「さん」
「ん?」
呼ばれて顔を上げると、知らない間にアベルとの視界が狭まっていることに気づき、大きな音で胸が弾いた。
そして更に視界が狭まり、唇に柔らかい感触が伝わった。
目を閉じるタイミングを失い、しばらくの間、開けっ放しになっていたが、
徐々に深くなるにつれ、自然と瞼を下ろした。
力が入らなくなった自分の体を支えるかのように、の右腕がアベルの首元に絡みつき、
背中にまわしていた左手がアベルの僧衣をしっかり握っている。
そんなを、アベルが支えるかのように抱きしめた。
ゆっくり離れると、アベルの目がどことなく辛そうに見え、は少し驚いたように見つめていた。
しかしそれに気づかれないようにするためか、アベルはの肩に頭をのせて、
腕の力を強くした。何かあったのだろうか?
「……どうしたの、アベル?」
「いいえ……。何でも、ないですよ」
「私に隠そうだなんて不可能なの、よく分かっているのはアベルでしょ? いいから白状しなさい」
少し呆れたように言ったもの、自身も季節のせいなのか、少しだけ胸に穴が空いた気分になっていた。
それがアベルに触れたことによって、ゆっくりと埋まっていっているのだが。
「……この紅葉見てたら、我慢していた気持ちとかが押さえられなくなってしまって……」
その声は小さかったが、聞き取るのには十分すぎるほどの大きさだった。
「今まで、お互いに別の任務で行動していたじゃないですか。もちろん、一緒に動いていた時もありましたけどね。
けどこうやって、2人でのんびりすることなんてなかった。だからちょっと……、淋しくなっちゃったんです。
……ははっ、やっぱり私、子供ですかね?」
アベルは苦笑しながらも、を抱きしめる腕を緩めることはなかった。
まるで何かを失うことに怯えているようにも受け止められるこの腕の力に答えるように、
は何かを訴えるように、そっと、そして強く彼を包み込んだ。
「……私もよ、アベル」
アベルの耳元にそっと囁き、優しく唇を当てて、慰めるように髪を撫で下ろす。
「私もすごく淋しくて、こうやって抱きしめて欲しかった。どんなに毎日連絡を取り合えっていても、
やっぱりちゃんと正面を向いて話したかったし、早く会いたくて仕方がなかった。
今日だってカテリーナのところに報告書を提出したら、一緒にカフェでお茶しようと思っていたのよ。
そしたら脱走したってエステルから聞いて、まだ報告書が仕上がってないんだって分かって、半分諦めていたんだから」
最近の2人は、片方がローマにいても、片方は任務で外出していたり、2人とも同じ場所にいても、
別々の用件で一緒にいることが出来なかったりしていた。
今回もアベルがエステルと共にアムステルダムにいる間、はトレスと共にブリュッセルにいた。
近い場所にいるのだから、多少時間を見つけて合流することが可能だったはずなのだが、
自分達の任務の方が早く終わってしまい、これもまたタイミングを逃す結果を生んでしまった。
そんなことの繰り返しで、お互いに耐え切れなくなっていたのかもしれない。
ようやくお互いの腕が緩められ、再び唇が触れ合い、ゆっくりと深くなっていく。
鼓動が自然と早くなって、時々苦しくなったが、お互いにやめることはなかった。
「……やっぱ私達、似たもの同士なのかしら?」
「かもしれませんね」
「まだAxに入る前のこと、覚えている? いつも秋になると、こうやって2人でのんびりしていたよね」
「ええ、覚えていますよ。あなたはいつも読書に励んでいて、私は横で眠ってましたっけ」
「読み終わると、横でぐっすり眠っているんだから呆れたわよ」
「さんがいつも読書に没頭しすぎて、相手にしてくれなかったからですよ」
「あら、私のせいにするわけ? ちょっとそれ酷い」
少し剥れ顔になったに、そんな顔は似合いませんよと言って、目元にそっと唇を当てる。
アベルの言葉1つで、こうも素直に喜んでしまう自分が信じられないぐらいだ。
「……さて、そろそろ行きましょうか」
「そうね。トレスとエステル、きっと慌てているわ」
「私どころか、さんまでいなくなったわけですからね。きっと今頃、大騒ぎになっているでしょうね」
「そうよ。下手したら、カテリーナにまで報告されていたりして」
「えっ! そんな、あり得ませんよ!!」
「もう、何そんなに無機になってるの? 嘘に決まっているでしょ!」
満弁の笑みを見せて立ち上がる姿は、まるで何かに勝ち誇ったかのように見えて、
アベルはまたやられたと言わんばかりに苦笑し、彼女の後を追って歩き始めた。
しかし急に足を止め、相手に背を向けたまま、はアベルに聞こえるぐらいの大きさで呟いた。
「アベル……」
「何ですか?」
「――ずっとこうやって、2人でいられるよね?」
後ろから見る彼女の姿が、どことなく淋しそうに見える。
まるで、さっきまでの自分を見ているようだ。
「ずっと2人で、幸せで、いられるよね?」
どことなく泣き声になっているを、アベルは何も言わず、後ろから抱きしめた。
まるで不安を取り除くかのように感じる温もりに、はゆっくりと目を閉じ、
抱きしめている腕をしっかりと掴んだ。
「お前は俺が守る」
耳元から聞こえる声はとても温かく、の心を優しく包み込んでいく。
「お前がいるから、俺はもっと強くなれる。お前が1人で抱えていた重みも、
全部一緒に背負う決心だってちゃんとしている。だから……、安心しろ」
「……うん……」
振り向くと、そこには真剣な顔のアベルが映し出される。
頬に流れる涙を拭い、何度目になるのか分からない感触が、再びに襲い掛かった。
まるでそれは、何かを誓い合うかのように、ずっとずっと続いていった。
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「あ、雨……」
長官執務室に続く道の途中で、は思わず足を止めてしまった。
さっきまできれいに晴れ渡っていた空が急に暗くなり、大粒の雫が天から降り注いでいる。
それはまるで、アベルとが去るのを待っていたように、一気に地上へ向けて落ちていた。
「これじゃ楓の葉も落ちちゃうわね」
「卿の計画が、叶わなくなるからか?」
「ま、そんなところね。……でもま、いいわ。少し堪能できたし」
「――卿の発言意図が不明だ。紅葉を見に行っていないのに、堪能したとはどういうことだ?」
「こういうことは、深く追求するものじゃないのよ、トレス」
さっきのデータを印刷したものが入っているファイルをトレスに軽くぶつけると、は彼の前を歩き始めた。
そんなを疑問そうに見つめながら歩くトレスを想像すると、
ちょっとだけ面白くなって笑ってしまいそうになった。
資料室の前を歩くと、ちょうど扉が開かれ、中からアベルとエステルが姿を見せた。
どうやら、こちらも無事に報告書が完成したらしい。
「あ、さんにイクス神父! お2人もスフォルツァ猊下のところへ?」
「肯定。報告書は無事に完成したのか、ナイトロード神父、シスター・エステル・ブランジェ?」
「はい。これで神父様が脱走しなければ、もっと早く終わりましたのに」
「すみませんでした、エステルさん。こう、たまには気分転換でもしようかと思って……」
「いつもそう言っては脱走するじゃないですか、神父様! もう今度は、手錠4つぐらいつけてでも逃がしませんからね!」
「わわっ、それだけは勘弁して下さいよ、エステルさ〜ん!」
目の前で繰り広げられているやり取りを、は少々呆れたように見つめていた。
そして、ふと思った。
この光景が、ずっと続いていけばいいのに。
いつまでも、みんなと幸せな生活が送れたらいいのに。
この時間が、永遠と続けばいいのに……。
「……何かあったか、シスター・?」
「え、あ、ううん、何でもない。大丈夫よ。――さ、早く報告書、出しちゃって、特務分室でお茶会しましょう」
「そういえばあたし、まださんの紅茶、飲んだことないんですよね」
「でしょ? 昨日ね、ウィッタードのレモンティがようやく届いたの。ほんのりとレモンの香りがして美味しいのよ」
「そんな紅茶があるんですか? 私、本当、世間一般の紅茶しか飲んだことがないから……」
とエステルが紅茶談義に花を咲かしている時、後ろにいる男2人は、別の話で盛り上がっていた。
「ナイトロード神父、シスター・が紅葉を見ていないのに、堪能したと言っていたが、
その理由を知っているか?」
「それは追求することじゃないですよ、トレス君」
「シスター・にも同じように言われた。よって俺は、一番近くにいる卿に聞いている。
回答の入力を要求する、ナイトロード神父」
「う〜ん、弱りましたねぇ〜。何と答えればいいのか……。あ、そうそう! きっと中庭に楓の木でも発見したのでは……」
「中庭には楓の木などない」
「ですよねぇ、ははっ……」
この「幸せ」が、永遠に続きますように。
はずっと、そう願い続けていた。
たとえこの先、どんなに最悪な事態が、起ころうとしても……。
(BGM:TB_No.29_Broken Wings_p/TB music file)
1500Hit、幸里 徭さんのリクエストで、「エステルとトレス絡みのほのぼのアベル夢」でした。
しかしこれ……、ほのぼのと言うより、激甘ですよね(爆死)。
書いているうちに、どんどん甘くなっていって大変でした。
最初はこんな風にするつもりはなかったのですが……。
ちなみにエステルがいた関係上、ROMの設定で書かせて頂きました。
どの辺りがそうだったのかは……、もうお分かりですよね?
ものすごく分かりやすいので、ここでは触れないでおきます。
(ブラウザバック推奨)