が風邪だなんて、らしくないな」

「本当、らしくないわ」




 アベルが任務中でよかった。

もしここにいれば、大慌ててで部屋に入って来ては、いろいろ嘆いてうるさくするだけだ。

はそう思いながら、彼女のために紅茶が入ったマグカップを持って来たユーグを見た。




「本当、迷惑かけてゴメンね、ユーグ」

「いや。俺は構わないから、心配するな」




 最近のは、ゆっくり休む暇もないほど忙しく、任務であちこち飛び回っていた。

その間に、プログラム達のメンテナンスに再び立ち会わされたのだから、

倒れるのは当たり前と言えば当たり前だった。

案の定、久々に戻って来た“剣の館”にある執務室へ向かう廊下で、顔を青ざめてて歩いていた途中で倒れ、

ちょうど近くを通ったユーグによって、ここまで運び出されたのだった。




「紅茶、淹れたが飲めるか?」

「うん、大丈夫……」




 支えられるように上半身を起こし、手渡された紅茶のマグカップを口に運ぶ。

普通の紅茶よりも少しだけ柑橘っぽいすっぱさが口の中に広がっていく。




「……少し、すっぱい……?」

「ビタミンをしっかり取った方がいいと聞いたから、普通の紅茶に少しだけレモンを入れた。

……味覚はしっかりしているようだから、そんなに酷くはないようだな」

「でも、頭はガンガンして痛いのよ。こん詰めて仕事、入れすぎたかしら?」

「君は何でも、休みなく入れるからな」

「それ、ユーグには言われたくなかったな」




 ユーグがかすかに苦笑したのが分かり、

も弱々しいながらも微笑み、残りのレモンティを飲み干した。

があまり柑橘系が得意ではないことを配慮してなのだろうか、

少しだけハチミツも入っているようで、すっぱい中にもほのかな甘味があって飲みやすかった。

体もほのかに温かくなり始め、安堵のため息が漏れるほどだ。




「食べたいものとかあるか、?」

「あまり、食欲がなくて……」

「だが、何も食べないわけにはいかないから、適当に作ってくる。大人しく、

ここで眠っていろ」

「うん。……本当、ゴメンね……」

「謝ることなどない。ゆっくり休んでいろ」




 元気つけるように微笑み、ユーグが自室を後にする。

それを見送ると、はマグカップをサイドテーブルに載せて、ベッドに横になった。

温まったとは言え、まだ少し寒気がする上、頭を何かに殴られたかのようにズキズキ痛む。




(これは、かなり重症ね……)




 過労とメンテナンスの両方で、の体力は予想以上に失われていた。

プログラム「フェリス」に鎮痛剤を投与してもらってもいいのだが、

出来るだけ自力で治したいと思う反面、頼むわけにもいかない。




(とりあえず休もう)




 少しでも体に負担をかけるわけにはいかない。

は目を閉じ、大きな呼吸を繰り返しながらゆっくりと眠り始めた。

相当疲れていたのだろうか、熟睡するまでに時間はかからなかったらしく、

すぐに寝息が聞こえ始めていた。




 どれぐらい眠っただろうか。

どこからかコンソメの匂いがして来て、それに誘われるかのように、

はゆっくりと目を開けた。

横に誰かの影を感じ、ゆっくりと頭を動かすと、

そこには先ほどまで席を外していたユーグの姿があった。




「リゾットを作ってきた。食べれるか?」

「分からないけど……、食べてみる」




 食欲がないとは言えど、食べなくては回復するものも回復しない。

は痛い頭を庇いながら起き上がると、

ユーグからリゾットを載せた4つの足があるお盆を受け取り、太ももを挟むように置いた。



 リゾットは出来上がったばかりのようで、白い湯気が天上に向かって上がっていた。

スプーンで掬い、冷ますように息を吹きかけ、火傷しないように気をつけながら口に運ぶ。

自身も、何度かコンソメ味でリゾットを作ったことはあるのだが、

他人が作ったからなのか、違う味に思えてしまう。




「……美味しい」

「そうか。よかった」




 料理が得意なのは知っていたし、何度かご馳走になったことはあった。

しかし同じコンソメのリゾットでも、こうも味が違うとは。

は少し驚きながらも、とても優しい味に、

食欲がなかったのを忘れたかのように平らげてしまった。



 数分後、リゾットが盛られていた皿は空っぽになり、体がポカポカと温かくなっていた。

これで少し眠れば、早くても明日にはよくなっているかもしれない。

は少しホッとしたように、新しく淹れてられたレモンティを一口飲んだ。




「どうやら、食欲はあるようだな」

「ユーグが作ってくれた、このリゾットのお陰よ。ありがとう」




 柔らかな笑顔に、ユーグは安心したように笑顔を返した。

お盆をどかせて、横になろうとするの手助けをするかのように手を添えると、

布団をしっかりとかけて、そっと額に手を当てた。




「さっきよりも熱も下がっているようだが、まだ油断しない方がいい。

俺はここにいるから、ゆっくり眠っていろ」

「ありがとう、ユーグ。……あ、報告書、スフォルツァ猊下に渡さないと……」

「俺が代わりに届けておくから心配するな」

「ゴメンね、ユーグ。そんなことまで、お願いしちゃって」

「もう、謝るのはなしだ、。君はそのまま休め」

「うん。……本当、ありがとう……」




 ユーグの顔が、少しずつ薄れてくる。

どうやら、再び睡魔が襲って来たらしい。



 何かが、そっと額に触れているような感覚がしたが、

それがあまりにも温かくて、不思議と力が抜けていく。

普段なら不審に思って目を覚ますのだが、安心しきってしまい、

その気力すらなくなりそうだった。






 まあいい。

何かあれば、プログラム達がすぐに知らせてくれるだろう。

 はそう思い、再び深い眠りに入っていったのだった。











「風邪引きさん」シリーズ(シリーズなんだ)、最初はユーグです。
ユーグの手料理が食べたいと以前から思っていたので、
その夢を果たしてみました。

最後の感覚が気になるでしょうが、それはご想像にお任せします(笑)。

手が載せられたのか、それとも……。
さて、何でしょうか(笑)?
正解者には……、ムフフと笑ってください(何じゃ、そりゃ)。







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