バタバタと、誰かが廊下を走る音がして、アベルは慌てて振り返った。 だが、そこには誰もいなかった。 「……気のせい、ですかね?」 再び正面に向き、歩き始める。 だが背後から、何かがやってくる間隔に襲われ、また足を止める。 すると、が“加速”しながら、こちらに迫って来ているではないか。 「さん、一体どうし……」 「アベル、お願いだから、道連れになって」 「道連れって……、……ひょえーっ!!!」 の右腕がアベルの腰に絡み、そのまま抱えられる。 “加速”しているからか、背中で風を切るのを感じ、長い銀髪が前に流れ、 視界を邪魔しようとする。 「一体さん、どうしたのですか!?」 「いいから、黙って着いて来なさい!」 「着いて来なさいって、私はあなたに連れられ……」 「黙ってって言ったでしょうが、この愚痴叩き神父!!」 「ぐえええええっ!!!」 「力」が戻っているのをいい気に、アベルの腰に絡みつく腕がアベルを強く締め付ける。 一瞬、胃袋に入っている食べ物が一気に表へ出てしまうんじゃないかと思うほどだ。 とりあえず、ここは大人しく言うことを聞くしかない。 ブツブツと小言を言いながら、アベルは観念したかのように、に連れられたのだった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「こ、ここなら大丈夫ね……」 モルドヴァ公邸内にある庭園の一角にて、ようやくの足が止まり、荒い息遣いを繰り返している。 “加速”をして疲れているのではない。 何かに逃れ、ホッとしているのだ。 「一体、どうしたと言うんですか、さん。……あれ?」 突然の出来事で、状況がいまいち把握しきれていないアベルだが、 の格好を見て、さらにその状況が分からなくなってしまう。 長袖で、首元が大きく広がっていて、所々に赤い刺繍が施されている白いドレスを身に纏ったは、 アベルが不思議そうな顔をして見つめていることに首を傾げた。 だが、しばらくして、自分の格好のことを思い出したようで、呆れたように答える。 「これ、ミルカ様に無理やり着せられたの。まだたくさんあるって聞いて、人を着せ替えして遊ぼうと していることにすぐ気がついてね。彼女がアクセサリーを取りに行っている隙を狙って脱出してきたの」 「……………………それはそれで、大変でしたね……………………」 ミルカと対面し、モルドヴァ公邸に滞在して早2日が立とうとしている。 はアルフ子爵としての仕事を全うしなくてはいけないため、禁軍兵団へ向かうことが多く、 今日は久々に公邸での休みを過ごそうと思っていた。 そうしたら、ミルカの部屋に招かれ、このように遊ばれてしまったのだから、 ゆっくり休めるどころの話ではない。 だから、こっそり脱出して、目の前にいたアベルを道連れにした、というわけだ。 「しかし、逃げるのであれば、私を巻き込む必要なんてなかったと思うのですが……」 「目の前で呑気に歩いている方がいけないのよ」 「それじゃまるで、私がいけなかったみたいじゃないですか!」 「あら、違うの?」 「違います!!」 とは言いつつも、アベルはめったにドレスなどといったスカート類を身につけないの姿を見て、 ちょっと得した気分にもなっていた。 地面に横座りしてため息を漏らすを見て、思わず笑ってしまう。 「……何、笑ってるの?」 「ああ、いえいえ、何でもありませんよ、何でも!!」 そう言いながら、の横に座ると、ふと上を見上げた。 +6時の空には、いくつもの星によって光り輝かせていた。 普段いる場所よりも空気が澄んでいるため、星の輝きがより一層綺麗だ。 「……ちょっと、勿体無いかも」 「え?」 「戻ってしまったら、この星が見れないのが勿体無いなって、そう思ったの」 この国の人々が、自分達の国から星を見たら、どう思うだろうか。 急に浮かんだ疑問に、は少し首を傾げる。 「星がどんなに明るくて、光り輝いているのか、見たことがあるのかなって、ちょっと思ったのよね」 「う〜ん、確かにそうですよね。でもほら、私とさんは見てるじゃないですか」 「でも、それがいつも見ることが出来なかったら意味がないじゃない」 「そうなんですけどね〜……」 肩をガクリと落とすアベルに、はかすかに笑うと、再び空を眺めた。 そして視線を、2つの月へ――正確には、「2つ目の月」を見つめていた。 こうやって見つめていると、いつも脳裏を横切る光景がある。 それをふるい落とそうとしても、こびり付いて離れようとしない。 だから極力見ないように努力してきた。 しかし、空がこれだけ澄んでいると、そこに目が行かないわけはなかった。 「……また1人で、考え込んでますね」 そんなの様子に、アベルが気がつかないわけもなく、 知らない間に、彼はをそっと引き寄せていた。 目の前に飛び込んできた肩に、自然と自分の顔を置き、 脳裏にある映像を消そうと、瞳をゆっくりと閉じる。 普段は頼りないのに、こういう時、アベルがすごく頼もしく感じる。 そしてそれに、つい甘えてしまう自分がいる。 それは、自分が彼の“フローリスト”だからであろうか。 それとも、また別の理由があるからだろうか。 「……さん、1つ、お願いがあるんです」 「お願い?」 「ええ」 ゆっくり瞳を開け、アベルの顔を見る。 そこに見えたのは、どこか辛そうで、悲しそうな湖色の瞳だった。 「彼女のこと……、少しの間でいいので、待っていて欲しいんです」 「彼女? ……ああ、彼女のこと、ね」 アベルがここで上げる「彼女」とは、と彼の同僚のことでもなければ、 を着せ替えして遊ぼうとしていた人物でもない。 この国の頂点に立つ、あの少女のことだ。 「さんのことですから、将来的には彼女を消去することを考えいてると思うのです。 けど、私はそれを望んではいません」 にとって、彼女は消去しなくてはいけない「対象物」だが、 アベルにとって、彼女は大事な「肉親」であることには変わらない。 だからこそ、アベルは彼女を消去しようとするを止めなくてはならなかった。 「さんが私のためにすることだということは、重々よく分かっています。けど、 それでも私は……」 「……馬鹿ね、アベル」 気づいた時には、アベルの額がの肩に置かれており、強く抱きしめられていた。 時折優しく髪を撫でる手が、とても温かい。 「確かに私は、彼女を消去しなくてはいけない。けど、私はあなたが悲しむ姿を見たくない」 アベルの“フローリスト”である限り、現実に背を背くことは出来ない。 だが、これも全て、アベルを守るために必要なことなのだ。 そのことを分かっていはいても、いざ実行させたとして、アベルの悲しむのは目に見えている。 そして、自分の命を奪うであろうことも。 「だから私は、あなたがいいと言うまで、彼女を殺さない。まあ、殺していいなんて、言わないと思うけど。 でも、勝手に殺して、怒られるよりもよっぽどマシだもの」 「さん……」 「けど、彼女を許さない気持ちは変わらないことだけは覚えていて。味方にもなろうとは思ってないから」 「殺さないと言ってくれただけでも、十分ですよ。……ありがとう」 ゆっくりとの肩から離れたアベルの顔は、どこか安心したような笑顔が見え、 も苦笑しながらも、そっと微笑み返した。 自分のしようとしていることは間違っているかもしれない。 でも、それでも、はこの笑顔を失いたくなかった。 もう二度と見ることが出来ないであろうと思った、この笑顔を。 「それじゃ、そろそろ戻りましょうか?」 「また捕まりそうで怖いわ」 「それなら、木登りして、2階へ潜りますか?」 「この格好で? 出来るわけないじゃない」 「それじゃ、裏口からこっそり中に入りましょうか」 「誰にも見つからないことを祈ってるわ」 真っ先に立ち上がったアベルが、へ手を差し出す。 その手をしっかりと握り、ゆっくりと立ち上がると、はドレスについた土などを丁寧に払った。 そして再びアベルの方を見ようとした時、 アベルの顔が近づいていることに気づき、鼓動が小さく弾くのが分かった。 冬の湖色の瞳から、離れなくなる。 「アベル……、……私……」 「何も言わなくていい」 その言葉を残して、2人はそのまま黙った。 唇同士が優しく重なり、そして深くなっていく。 力が入らなくなり、アベルの体に両腕をしっかりと巻きつけ、 そんなを支えるかのように、アベルも彼女の体をそっと包み込んだ。 ゆっくりと離れ、再び強く抱きしめ合う。 髪を撫でるアベルの手が優しくて、はどんどん、彼に甘えていく。 「……本当は、すぐに戻った方がいいのかもしれないけど」 「ええ」 「もう少しだけ……、こうしてても、いい?」 「いいですよ、さん。私はずっと、ここにいますから」 「ありがとう……」 2人をそっと包み込む星の光が、優しく2人を包み込む。 そしてゆっくりと、優しい時間が過ぎていったのだった。 そしてその背後で、いつ声をかけたらいいのか分からない人物がいることに、 2人とも気がついていなかったのだった。 [こ、声がかけられぬ……。だが、このままではミルカ様に何言われるかわかったものじゃない。 どうすればいいのやら……] |
さて問題です。
最後に出てきた人物は誰でしょうか(笑)?
まあ、問題にするようなものではないので、答えはあえて言いませんがね。
ネタ自体はROM3終了するちょっと前からあったのですが、
ROM4をどうするのかで頭が一杯になっていたので遅れてしまいました(汗)。
書く勇気を与えてくれた中島美嘉嬢のアルバムに感謝します。
(そして題名もアルバムから取ってしまったという手抜き振り/汗)。
ROM4にも、本編沿い短編がありますので、それもまたいつか……。
(ブラウザバック推奨)