長い任務を終え、執務室を後にしたアベルは、 その足でが待っていると思われる“剣の館”の屋上に向かった。 早朝に作ったというガトーショコラを頂くためだ。 窓ガラスが並ぶ廊下にはたくさんの光が集まっており、とても眩しく輝いている。 その中を歩いていた時、ふと視線を外に向けた。 「……おや?」 ちょうど中庭が見渡せる位置にあったため、自然と目の先がそちらに向かっていた。 だから、そこにいたとレオンの姿に気づかないはずもなかった。 待ち合わせの時間よりもまだ早いので、が中庭にいるのは可笑しくなかった。 だが、毎度お馴染みの空腹に押し潰されていたので、 2人の前にあるのではないかと思われるお菓子を少し分けてもらおうと、 アベルは足早に中庭へ行くことにしたのだった。 レオンが“剣の館”にいる理由は知っていた。 先日まで、と一緒にルテティウムへ出向していたため、 今日、自分よりも先に報告書を提出しに来たのだと、カテリーナから聞いていた。 きっと別荘に戻る前に、の紅茶を飲んで――似合わないが――、 ゆっくりしているのであろう。 中庭へと続く道を歩いているうちに、中から楽しそうな声が聞こえてくる。 それがのものであることを、アベルはすぐに察知した。 中庭に無事到着すると、その声は先ほどよりもはっきりと聞こえ、 彼女がいつも使用しているテーブル席で、 隣に座っているレオンと談笑している姿を見つけ出した。 「あ、いたいた。さ――」 呼び止めようとした声が、途中でぴたりと止まったのは、他愛のない理由だった。 いや、他人からして見れば他愛のないことかもしれないし、 レオンと話をするが、時に怒ったような表情を見せ、時に焦ったような顔を覗かせ、 そして時に、ぱっと明るく微笑んでいる。 (……何なんだ、この感覚は?) 胸の奥が急に苦しくなり、息が詰まりそうになる。 それに気づいて欲しくて、声を出そうと思っても、何故か何も発することが出来ない。 目の前に広がるの表情。 今まで見せたこともなかったそれに、アベルは顔を反らし、 思わずその場から立ち去ってしまう。 どれぐらい走っただろうか。 胸元を締め付けられた感覚があったから、 短距離でも簡単に息が上がってしまっただけなのかもしれない。 脳裏に、先ほどのの表情を思い出し、再び苦しくなりそうになる。 なぜ、どうしてこんなことになったのか、検討もつかなかった。 いや、検討はついていた。 ただ、それを正直に信じることが出来なかっただけだった。 「まさか……、妬いているのか、俺は?」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「よし、焼き完成!」 シルバーポットの網の上に載せていたものをピンセットで取り出しながら、 は安堵の声を上げた。 ヒビが割れて失敗してしまうことがあると聞かされていたからだ。 少し離れた位置にひいてある紙の上に、掴んでいるものを置いて熱を冷ます。 秋が近づいてきているからか、風がとても涼しくて気持ちがいい。 「初めてにしては上出来じゃねえか」 「レオンがアドバイスしてくれたからよ。ありがとう」 「なあに、俺は大したことなんて言ってねえって」 任務帰りに、たまたま通りかかった店でシルバー・アクセサリー作りのキットを 発見して購入してみたものの、 本当に自分の想像しているものが出来上がるのかが不安だったため、 一緒にいたレオンに、紅茶をご馳走するという条件で手伝ってもらうことになった。 デザインなどはが考え、“剣の館”に着く前に足りない材料を揃え、 報告を終えた後に、こうして2人で作業に没頭していた。 もう2時間近く経過している。 完全に冷めたのを確認すると、レオンの指示のもと、 2種類のサンドペーパーで丁寧に磨いていく。 すると次第に、空に輝く太陽が映し出されるほどに光り始めた。 こうなれば、完成まであともう少しだ。 「しかし、本っ当、お前はあのへっぽこ一筋だよな。他に惚れた男はいねえのかよ?」 「そう言えば、あまりそういったこと、考えたことなかったわね」 他の男を好きになったことはあると言えばあったのかもしれない。 にとって、アベルという存在はあまりにも大きすぎて、 それに気づかなかっただけかもしれない。 そうなると、彼一筋だと言われてまってもおかしくないことだった。 だが、彼一筋でいるのは当たり前で、それが途切れてはいけないのだ。 「私のそばには、つねにアベルがいて、どんなに遠くに離れていても、やっぱり気になるものは気になるし。 元気な声を聞いていないと落ち着かないし、戻ってきたら、絶対に離したくないし」 「それって、すごく束縛してねえか?」 「かもしれないわね」 自分でも呆れるぐらいアベルに執着心があり、 そんな自分が束縛していないなど言えるわけもなく、 はレオンの言葉に反論しようとはしなかった。 他人からも分かるぐらい縛り付けているのだとすれば、相手はきっと苦しいに違いない。 それが少しでもコントロール出来れば、どんなに楽だろうとも思ってしまうぐらいだ。 もし束縛しすぎて、相手に嫌われてしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。 そう思った時、急に胸元にちくりと痛みが走る。 考えるのをやめようとすればするほど、脳裏に次々と浮かんで来てしまう。 「……おいおい、そんなに磨いてどうするんだ? いくら何でもやりすぎだぜ」 「えっ?」 急に黙り込んでしまったを見かねて、 レオンが少し慌てたように声をかけると、はすぐに我に返り、手の動きを止めた。 確かに、もう十分過ぎるほど銀色に輝いている。 「お前がボーッとするなんて珍しいな。そんなにアベルのことが好きなのか?」 「分かりきった質問をしないの!」 少し焦りながらも、しっかりレオンに突っ込み、 は磨いていたものを丁寧に薄い紙に包み込んで、ケープの中にしまう。 テーブルの上に散らばっている細かな部品を手際よく片づけると、 紅茶を一気に飲み干し、その場に立ち上がった。 「さ、レオン、そろそろ戻った方がいいんじゃなくて?」 「おっと、もうそんな時間か。久々にのんびりしてたから、忘れちまうところだったぜ」 「たまにはこういう時間も必要よ。今度、お願いしてみたらどう?」 「そう簡単に受け入れてくれるか、分からないけどな」 重たい腰を上げながら、レオンは大きく伸びをすると、 中庭に出る通路へ向かって歩き始める。 もプログラム「ヴォルファイ」にテーブルの上にあるものを 自室へ転送させるように言いつけてから後を追いかけた。 「自動二輪車は提供するけど、運転するのはレオンだからね」 「女のケツに座る俺じゃねえから安心しろや」 「あなたにやたらと触られると、妊娠しそうだしね」 「ケイトみたいなこと言うな!!」 わざとらしく怒るレオン笑いながら、 は駐輪場にある自動二輪車のところへ向かった。 そして別荘に届けた後、は約束通り、アベルの待つ屋上へと足を進めたのだった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 プログラム「ヴォルファイ」によってセッティングされたテーブルには、 アベルの大好きなガトー・ショコラと、のお気に入りの紅茶が並んでいる。 何もかも完璧なはずなのに、なぜか2人とも黙っていた。 正確に言えば、が必死になって話すも、アベルが食べることに没頭していたため、 途中で途切れてしまうのだ。 「ねえ、アベル。話、つまらない?」 「えっ? あ、そんなことないですよ」 「それじゃ、食べるの止めて、聞いてくれる?」 「だって、久しぶりのさんお手製ガトー・ショコラが食べれるんですもの。 食べる手が止まるわけないじゃないですか」 いつもと様子が違うことを、が気づかないわけがなかった。 だからこそ、散策したくなってしまう。 「ねえアベル、ちゃんと聞いてる?」 「ちゃんと聞いてますよ、さん」 「なら、どうして何も反応してくれないの? 面白くない?」 「そんなことないですって。何か今日、よく突っかかってきますね〜。何かあったんですか?」 「それはこっちの台詞よ」 アベルの脳裏には、先ほどのレオンに見せたの顔が離れなくて、 の脳裏には、先ほどのレオンとの会話が頭から離れなくなっている。 お互いに違うことが渦巻いているのだが、 会話は不思議なぐらいに噛み合っていく。 「もしかして……、私、何か気にするようなこと、言った?」 「えっ? いいえ、何も言ってませんよ?」 「じゃあ、どうして私から目をそらすの?」 「それは、そのですね……、……あ! 私、カテリーナさんに報告し忘れたことがありました!」 誤魔化そうとして、その場に勢いよく立ち上がったまではよかった。 だが、の肩がかすかに震えているの見て、すぐに表情を変えた。 「……嫌なの、アベル?」 「えっ?」 「私と一緒にいるの、嫌?」 声が掠れていることなど、俯いているには分からなかった。 テーブルの上に、ポタポタと何かが落ちていることも、 そしてアベルが、彼女が何か誤解をしていることに気づいたことも。 「私が縛り付けすぎているから、苦しいんでしょ?」 「、さん?」 「私があなたを、すぐに離そうとしないから……、だから……」 離れたくない。離したくない。 その想いばかりが強くなって、相手の気持ちも知らないで、 自分は彼を、縛り付けてしまっている。 でもアベルは優しいから、そんなこと、一言も言わない。 だからなおさら不安になる。 「そんなことないですよ、さん」 後ろからそっと包まれた腕の温もりは優しく、 まるでの不安を取り除くかのように温かい。 「縛り付けられているなんて、私は一度も思っていません。それに離れたい気持ちは、 私も同じですから」 「それじゃ……」 「あれは、ですね……、……ちょっとだけ、レオンさんに妬きもちをやいていまして」 「レオンに? どうして?」 少しでも安心させたい。 けど、どうすればいいのだろうか。 考えて考えた末、アベルは正直にへ白状することにした。 「先ほど、中庭でレオンさんと一緒にいたじゃないですか」 「……知ってたんだ」 「執務室の途中で見かけたので。それで、声をかけようとしたら……、その……、笑顔がこう、 何というのかな……。とにかく、その、気になったんですよ」 どうやって伝えればいいのか悩みながらも、アベルはに伝える。 それが伝わったからなのか、それともまだ少し不安なのか、 は振り返り、アベルの顔を覗き込んだ。 「……本当に、それだけなの?」 「それだけって?」 「私がレオンに見せた表情が気になっただけ?」 「ええ、まあ、そうなんですけど……」 あまりにもくだらない理由で、きっと呆れたに違いない。 だがの反応は、アベルの予想とは違うものだった。 「……よかった……」 アベルの肩に額をのせたの姿は、背負っていたものが降りたかのようで、 体中の力が抜けたように凭れかかっていた。 そんな彼女に少し戸惑ったが、アベルは支えるかのように、背中に両腕を回した。 「無事に解けましたか?」 「ええ。……けど、そのきっかけを作ったのは私なのよね。ごめんなさい」 「さんが気にすることなんてありません。むしろ今は、ほっとしてます」 そっと離して、の顔を見つめる。 涙が流れた跡に手が触れ、そっと拭うと、 嬉しそうに彼女に言う。 「こんなさんが見れるのは、私だけですからね」 頬にそっと唇を当て、そして優しく、唇に触れる。 自然と力が抜け、自分の力で支えきれなくなりそうになる。 次第に、不安な気持ちがなくなっていく。 「……ありがとう、アベル」 そして取り戻したかのように、あの「天使」のような笑顔をアベルに見せたのだった。 「ところで、レオンさんと何を話していたんですか?」 「あ、そうそう。これを作るのに、いくつかアドバイスをもらってたの。アベル、あまりアクセサリーとか つけたことがないからね」 「これは……、ブレスレット、ですか?」 「バングルっていうの。ブレスレッドに似ているけどね。これなら、任務にあまり差し支えないかなって思って」 「そうだったんですね。……ありがとうございます、さん。大事に使いますね」 |
12345hitをゲットしたふみかさんのリクエストで、「レオン絡みの(俺様)アベル夢」でした。
本当、遅くなってしまってすみませんでした(滝汗)。
本当はシルバーアクセを主体とした話にしようとしたのですが、
書いているうちに変わってきて、↑のような内容になりました。
その上、アベルが俺様になってないです。ごめんなさい。
ちゃんと俺様になっているのは、最初の方だけでしたね。
今度、がんばって弁解します(汗)。
レオンとの絡みも、こんな感じでよかったでしょうか?
彼と2ケツ、してみたいなあ〜(願望)。
と、いうことで、ふみかさん、キリ番おめでとうございました!
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