瞼を開けると、見覚えのある天上が飛び込んで来て、は自分が自室にいることを確信した。

しかし、どうしてベッドに横になっているのか思い出せず、

半開きにしかしていない目でボーッと考えはじめた。




(そうだ、私、風邪引いたんだ……)




 日頃の疲れとプログラム達との後遺症が原因で倒れたことを思い出し、

さっきまで寒気がしていた体が火照っているのに気づいたのは、

ベッドで横になっている原因を解明したのとほぼ同時だった。

布団をいつもより多くかけてもらった上、寝る前に口にしたレモンティとコンソメリゾットが功を奏してか、

体温が上昇し、布団の中が少し汗ばんでいるのが分かった。



 ようやくことの状況を把握した時、頭にひやっとしたものが置かれたような感触が襲い、

は頭を横に動かしてみた。

そこにいたのは、長く、黒い髪を持った神父の姿だった。




「……ヴァーツラフ?」

「ああ、すみません。起こしてしまいましたか?」




 申し訳なさそうに言うヴァーツラフに、は頭を左右に振って否定する。

そして先ほどまで隣にいた金髪の神父の存在がないことに気づき、疑問に思い始めた。




「……ユーグは……?」

「猊下のところに、あなたが倒れた時に持っていた報告書を代わりに提出しに行っています。

私はその間までのお目付け役、といったところでしょうか」




 この体で逃げることなど不可能なことぐらい分かっているのにも関わらず、

こんなことを言うのは、少しでもを安心させるためだろうか。

もしそうだとしたら、彼に感謝しなくてはならないと、は心の中で呟いた。




「……何か、冷たい……」

「体温が上がっているようでしたから、タオルを水で濡らして額に置いたんです。

……冷たすぎましたか?」

「ううん。逆にすごく……、気持ちいい……」




 タオルに触れれば、ひんやりとした感触が手に伝わり、

体中の体温を吸収してくれているのがよく分かる。




「……何か、飲み物、ある?」

「水でよろしければ、ここにありますよ。飲みますか?」

「うん。水分取らないと、脱水症状になっちゃうから」




 風邪を引いた時には、たくさん汗を取るといいと言うが、

それによって脱水症状になってしまい、余計に体調を崩していしまう結果を生み出す傾向がある。

それを改善するのに、一番効果があるのが水である。



 一度、額に置かれたタオルを外し、ヴァーツラフに手助けしてもらいながら上半身を起こすと、

肩にかけるように、近くにあったカーディガンを羽織る。

どうやら、相当喉が渇いていたらしく、ヴァーツラフから水の入ったグラスが手渡され、

一気に飲み干してしまう。




「もう1杯飲みますか?」

「うん。……あ、自分でやるから大丈夫よ」

「あなたは今、病人ですよ。こういうことは、看病している者に任せなさい」




 ヴァーツラフが空になったコップを預かると、

サイドテーブルに置いてあった水の入ったガラスポットから水を注いでに手渡す。

それをまた一気に飲み干すと、はカーディガンをヴァーツラフに預け、

再びベッドに潜り込んだ。



ヴァーツラフが体温を確かめるように額にそっと手を置かれると、

手から伝わる体温が優しく、の体を包み込んでいくような感じがする。




「まだ少し熱いですね。氷枕、持ってきますか?」

「ううん、平気。さっき、額に濡れタオル置いてくれるだけで十分」




 安心しきったかのように微笑むを、ヴァーツラフが優しく微笑み返す。

その笑顔が、をどれだけ癒しているのか、当の本人はきっと気づいていないことであろう。



 サイドテーブルに置かれた濡れタオルを、近くに置いてあった水をためた洗面器につけると、

固く絞り、再びの額に軽く押さえ込むかのように置く。

熱でほてった体を冷やすかのように体中へ伝わり、

どんどん熱を吸収していくような感じがする。




「ヴァーツラフ、いつからここにいるの?」

「かれこれ、40分ぐらいでしょうか?」

「ユーグ、執務室の帰り際に、ウィルに掴まったのかしら?」

「もしそうなると、そう簡単に逃げられませんね。ま、今日は特に何もないので、

私は別に大丈夫なのですがね」

「でも、昨日までまたゲルマニクスの方に行っていたんでしょ? 疲れてない?」

「それは、今のあなたが言う台詞ではないですよ、

「……それもそうね」




 他人の心配をしている暇があるなら、自分の心配をしろに言うかのように、

ヴァーツラフの手がの頭を撫でるかのようにそっと添えられる。

再び向けられたその笑顔は、まるで「神」が見守っているかのように感じ、

は不思議と顔が綻んでしまった。




「……何だか不思議」

「何がですか?」

「ヴァーツラフの顔見ると、不思議と癒されるの。何か、すごく安心する」

「確か、昔もそんなこと言っていましたよね。『こういう状況の時に見ると、ゆっくり休まる』と」

「ああ、そう言えば、そんなことがあったわよね……」




 あれは、まだがカテリーナに会う前、

つまり、ヴァーツラフが異端審問官だった時の話だ。

その時は長時間、雨の中で任務を遂行した後で、聖下に報告しに行った帰りがけに倒れ、

その場にいたヴァーツラフに医務室まで運び込まれたのだ。

が目を覚ますまで、彼はずっと側に付き添ってくれて、

今と同じように頭を撫でていたのだ。




「本当、あの頃からあなたには迷惑かけっぱなしね」

「気にすることはありません。あの時は上司と部下でしたが、今は同僚です。なので、

たくさん迷惑かけていいのですよ」

「……ありがとう、ヴァーツラフ」




 やはり、彼の笑顔は安心する。

はそう思いながら、再びゆっくりと瞼を閉じた。

アベルと一緒の時も安心するのだが、ヴァーツラフはまた別の意味で安心し、

自然と体の力が抜けていくのが分かる。




「ヴァーツラフ」

「はい?」

「もう少しだけ、そうしててくれる?」

「いいですよ。私はここにいますから、ゆっくり眠って下さい」

「うん……」






 彼には、癒し効果があるのかもしれない。

 はそう納得しながら、再びゆっくりと眠りの世界へと入っていったのだった。











「風邪引きさん」シリーズ、第2話はヴァーツラフです。
本当はもう1つ書きたいことがあったのですが、それはアベルに譲ります。
しかもギャグで(笑)。

ヴァーツラフは、側にいるだけで癒されます。
なのに、頭まで撫でられたら逆に死にますよ(笑)。
「このまま時間よ止まれ」と思うこと間違いなしです。
ああ、本当、癒されたい……。

それをぶち破る人が、次に登場します。
が風邪引いたと言ったら、黙ってられない人が……、いるじゃないですか(謎笑)。






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