先ほどの騒ぎが嘘のように、ヴェネツィアはゆっくりとした夜を迎えており、

 ホテルのベランダで杯を交わすのにはちょうどいい気候だった。




「静かだな」

「本当、静かよね……」




 別行動を取っていたアストとが再会したのは、

 怪我人を収容している病院内であった。

 上司であるカテリーナの様子を伺うというアベルについて来た時には、

 は一仕事を終え、待合室で紅茶を堪能している時だった。

 その姿はいつもと変わらないようにも見えたが、その裏で、

 何かを思いつめているようにも感じられた。




「……大丈夫かや、?」

「何が?」

「いや……、……別に何もないのであれば、それでいい」

「そう。……でも、アストに心配されるようじゃおしまいね」

「何じゃと!? そなたはレンの(トヴァラシュ)じゃ! 余が心配するのは当たり前……」

「そんな理由でなら、なおさら心配されたくはないわね」

「それじゃ、もう2度と心配などしてやるか! 車にはねられようが、飛び降りようが、

勝手にしろ!」

「そんなことしないって……」




 アストが普段から素直じゃないことぐらい、はとっくに分かっている。

 だからつい、こうしてからかってしまう。

 そしてそれを楽しむ自分は、きっと意地悪だと思われているだろう。




「まあ、あの神父よりもまだ使えるヤツだ。これ以上のことは何も言うまい」

「それって、アベルのこと? 彼、ああ見えて、結構頼りになるのよ」

「はん! どこがじゃ? どう見ても頼りなくて、へらへらしているではないか」

「そのわりには、妙に仲良さそうに話していたじゃない」

「うっ……」




 意味深に微笑まれ、アストは思わず口をつむんでしまう。

 それを見たがふっと笑い、手にしていたウィスキーを口の中に含んだ。

 氷がグラスにあたり、カラカラと音を立てる。




「そう言うそなたはどうなのじゃ?」

「どうって、何が?」

「以前、言っておったであろう。『探している人がいる』と。見つかったのか?」

「見つかってなかったら、こんな穏やかになってないわ」

「これのどこが穏やかになったと?」

「それ以上言ったら、テキーラを山盛りで入れるわよ」




 冗談だとは言え、ならやりかねない。

 だが、言われてみれば、確かに昔よりも表情が柔らかくなったようにも感じられる。




「で、その者は、ずっと一緒におるのか?」

「ええ、勿論。掴まえた獲物は離さないから」

「そなたは一度目をつけられたら、しつこそうだな」

「逃がしたくないからね」




 逃がしたくない。離したくない。

 だからずっと、手を握り続けている。

 振り払おうとしても、外れないぐらい、繋がっていたい。



 お互いの夢を、現実させるために……。




「そう言うアストこそ、アベルのことが気になっているんじゃなくて?」




 の言葉に、アストは口に含んでいたウィスキーが気管支へ入ってしまい、

 勢いよく急きこみ始めた。

 その様子を見ながら、は笑いながらも、彼女の背中をさすった。




「その様子だと、たいそうお気に召したようね」

「ド、馬鹿者(ドビトーク)! 誰があんなヤツを……」

「だったら、どうしてそんなに顔が赤いのかしら?」

「こ、これはアルコールのせいじゃ!」

「一般的に売られている物と同じなはずだけど、あなたのだけアルコールが高かったのかしらね」




 敵わぬ。

 どうしても、彼女には敵わない。

 アストはそんなことを思いながらも、手にしていたウィスキーをすべて飲み干した。

 そして何も言わずにの目の前に差し出すと、

 相手は「あまり慣れないものを飲みすぎない方がいいわよ」と助言しながら、

 グラスの中にウィスキーを注いでいった。




「普通、頼れる男というのは、もっとびしっとしているだろう。神父みたいに、頼りなくて、

へなへなで、いつもにこにこしている男とは違う」

「あら、アベルだって、頼もしいところはあるのよ」

「あれのどこがじゃ?」

「普通じゃ見せない、男らしいところもあるってことよ」




 何か誇らしげに言うに、アストは疑問に思っていた。

 だが、確かに頼もしく感じる部分はあった。



 あの時、もしアベルが叱ってくれなかったら、

 あの時、もしアベルの助けがなかったら、

 今回の任務は成功しなかったし、

こうやってゆったりとした夜を過ごすこともなかった。

 相棒(トヴァラシュ)なんて、もう現れないと思っていた。



 だからアベルには、本当は感謝していた。

 その言葉が出ないのだから、つくづく自分は素直じゃないと痛感してしまう。




「……全く、見た目は駄目駄目神父なのに、人気者なんだから世話ないわ」




 グラスの中に入っているものを一気に飲み干し、グラスをテーブルの上に置くに、

 アストはすぐに我に返った。

 そこから覗かせた顔は嬉しそうで、でもどこか淋しそうな表情をしていた。

 まるで、誰かを想うかのように。




(もしかして、の探していた者とは……)




 そんなことを考えた時には、はベランダを出ていた。

 どうやら、今夜はお開きらしい。




「ま、あんなのだけど、また何かあったら使ってあげて。きっと彼、喜ぶわ」

「もうあんな手間のかかるヤツとはご免だ」

「そう言いながら、本当はまた会うのを、楽しみにしているんじゃなくて?」

「そなたは逆に、もう会わせたくないと思っているんじゃないのかや?」

「何で、そう思わなくちゃいけないわけ?」

「隠しても無駄だ。そなたの探していた者というのは……」




 言葉は、そこで止まってしまった。

 の、どこか哀しげな表情に、アストは言葉が出なかった。




「もう会わないって思ってしまったら、本当に会うことなんてなくなってしまうわよ。

……おやすみなさい」




 その言葉だけを残して、は部屋を出ていくのを、

 アストは黙って見つめているだけだった。

 しかし数分後、何かを思ったのか、

 かすかに笑ってから、ぽつりと呟いた。






「次に会った時には、思いっきりからかってやる。……覚悟しておくのだな」

















蓮さんからのリクエストで、「アストとの会話(出来ればアベルについて)」でした。

本当はROM3の後の設定にしようとしたのですが、本編がまだ完成していなかったので、
RAM1「FROM THE EMPIRE」の後日談という形で仕上げてみました。
ある意味、本編沿い短編ですね。

きっとアストはアベルのことが気になるんだろうけど、
それがなかなか表現が出来ないため、こんな感じになりました。
一方は、誰にでも好かれるアベルが羨ましい反面、
ちょっとした妬きもちを妬いている、といった感じです。

しかし、久々にアストを書くと、書き方を忘れてしまいますね(汗)。
もうじきROM3を書くことですし、頑張って思い出します。





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