射撃場に、怒涛の銃弾の音が響き渡る。
 弾を入れ替え、再び撃ち込み、何度もそれを繰り返している。


 あまり射撃の練習はする方ではないのだが、たまにはやらないとやばいだろうと思ったは、フルロードモードでの 撃ち込みに専念していた。
 その腕前は、さすがと言ってもいいほどだ。


「誰かと思えば、君だったのか、


 ちょうど銃弾を入れ替えようとした時、後ろから誰かに声をかけられ、振り返ってみる。
 そこには金髪で、長いウェーブのかかった男が立っていて、の様子を見ていた。


「あら、ユーグ、練習しに来たの?」
「ああ。そうしたら、隣から銃弾の音が聞こえてな。“ガンスリンガー”かと思ったのだが、違ったようだ」
「トレスは今、ミラノで休養中よ。それに彼ならいつも、“教授”のラボにある射撃場を使うからね。私もたまにやらされるけど」


 後ろにいる男――ユーグ・ド・ヴァトー神父にそう言うと、は銃弾を入れ直し、そのまま懐に収めた。
「ユーグはこれから?」
「ああ。明日から、アムステルダムに任務で向かうことになったからな」


 「アムステルダム」という言葉を聞いて、は少し顔をしかめた。
 確かに、アムステルダムはユーグの出身地だ。
 土地勘もあるし、何かと便利かもしれない。しかし……。


「……本当、大丈夫なの?」
「心配している意味は分かっているが、大丈夫だ。ちゃんと任務を終えたら、ここまで戻って来る」
「本当? 約束してよ」
「もちろんだ、


 ユーグはを納得させるように微笑むと、そのまま練習室に戻って行った。
 としては少し心配が残るのだが、とりあえず本人が大丈夫と言うのなら信じようと、
 しばらく彼の練習する風景を眺めてから、その場を離れたのだった。



 しかし本当は、これから起こることに対して、少し不安を感じていたのだった。




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「……ユーグが戻って来ない?」
<ええ。報告書は郵送で送られて来たのですが、そこからローマに戻った形跡がないのです>


 数日後、ミラノにてトレスのプログラム修整をしに来たに、プログラム「ザイン」経由で、ケイトから連絡が入った。
 それはまさに、の予想を的中させるものとなった。


「何となく予想はしていたけど、やっぱりね」
<何か気がかりがあったのですか?>
「ユーグのご両親と妹さん、あの吸血鬼集団、“四伯爵(カウント・フォー)”に殺されて、本人も両腕を切られて、
“教授”に義手をつけてもらったんでしょ? で、今回の事件がそれ絡みだとしたら、
きっとユーグ、戻ってこないだろうなぁって、ちょっと思っていたのよ」
<そう、でしたか……>


 今回の任務がどんな内容かまで、はしっかり把握していない。
 確かにプログラマーで、最新の情報やらデータやら、手に入らない情報というのはほとんどない。
 しかし他人のことに関して、アベル以外はあまり興味がないので、他の派遣執行官の仕事内容まで知ろうとは思わない。
 だから今回も、ユーグの任務内容は、大ざっぱに知っていたとしても、詳細までは分かっていなかった。


<一応、ワーズワース教授には、早くトレス神父に修理を終わらせ、ユーグ神父を追うように要請はしていますが、
何やら、レポートの採点が大変らしくて>
「そうらしいわね。昨日もお詫びの連絡と一緒に、たくさん愚痴をこぼしていたわ。これじゃまだ、当分無理そうね」


 “教授”も毎日、大変な人だ。
 授業がしょっちゅう休講な上、単位も甘い彼の授業は人気で、そのせいもあってか、採点するレポートの量も他の講師よりも多い。
 これは、もう少し時間がかかりそうだ。


「仕方がない。私がある程度プログラムを修正して、トレスにロードしておくわ。感染ウイルスもなかったし、何とかなるでしょう」
<ありがとうございます、さん。本当なら、休暇のはずですのに>
「緊急事態に、すぐに動けないような派遣執行官じゃ困るわ。私のことは心配しないで。たまに気晴らしも、ちゃんとしているから」
<そうですわね。さんなら、気晴らしぐらいはすぐに出来そうですものね>
「そういうこと。それじゃ、スフォルツァ猊下によろしく。“教授”が来たら、入れ替わりで一度そっちに戻るから、そのように伝えて」
<了解しました。さんも、無理はほどほどにお願いしますね>
「ありがと、ケイト。それじゃ、またね。―――プログラム〔ザイン〕を完全終了……、クリア」


 はデータを打ち込みなおし、画面からケイトの姿が消え、トレスのプログラムデータ画面に戻った。
 1つため息をつき、天井を眺める。そして重く悩んだように、ユーグのことを考え始めた。

 あの時、彼の代わりに自分が受けていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
 しかしアストとの任務が終わったら、ちゃんとした休暇を与えると言ったのは、上司であるカテリーナだ。
 彼女のことだから、いくらが代わりにやるといっても、頑固として反対したであろう。あの人は、そういう人だ。


「……約束、破ってどうするのよ、ユーグ……」
「卿は何を考えている、シスター・?」
「うわっ!!!」


 目の前に急に現れた顔に、は思わず体制を崩し、椅子から落ちそうになった。
 急いで体制を戻したからいいとしても、彼女がこんなに反射神経がよくなかったら、間違いなく地面に叩きつけられていた。


「ト、トレス! 突然、やって来ないでよ! ビックリするじゃない!!」
「3時から修整プログラムをダウンロードすると、39時間前に言ったのは卿だ。俺は指示通りにここに来ただけだ」
「だったら、ノックぐらいしなさいよ、もう」
「ドアは開けっ放しになっていたから、そのまま入った」


 確かに、何か緊急の用があった場合にすぐ出れるように、ドアは開けっ放しにしていた。
 それでもやはり、ノックするなり声をかけるなりするのが普通だ。
 ……相手は機械(マシーン)だから、それは分からないかも知れないが。


「ま、確かに約束は約束だものね。プログラムも無事修正したし、とっととやりましょう。義手の様子はどう?」
「否定。少しは慣れたが、まだ完璧に動かすことが出来ない。早急に“教授(プロフェッサー)”にミラノ入りしてもらうことを推奨する」
「そうね。私も出来る限り、彼に頼んでみるわ。はい、ここに座って、これ、首に刺して」
「了解した」


 は電脳情報機(クロスケイグス)から伸びたコードの先をトレスに渡すと、彼は近くにある椅子に座り、それを首もとにあるプラグに差し込んだ。
「普通に会話は可能だから、少し楽にしてなさいね」
「了解」


 キーボードを叩きながら、トレスへ修整プログラムをロードする準備を始める。
 毎回やっていることだが、彼女の手の動きには実に見事なものだった。


「卿は昔から、“神のプログラム”を使いこなせると聞いている。どうしてだ?」
「ま、いろいろ事情があったのよ。それは、今はまだ言えないけどね」
「何か、大きな接触とかあったのか?」
「別に。生まれたら、すでにそういう環境だったのよ」


 細かなことは言えないが、が物心ついた時には、すでに周りは機械だらけだった。
 人ともあまり接触する機会もなく、あったとしても、お偉い教授やら博士やら、堅苦しい人ばかりで、仲良くなることも出来なかった。
 その結果として、彼女は他人に関して、あまり興味を持たなくなってしまったのだが。


「ナイトロード神父とは、どういう関係だ?」
「私が機械生活から脱出して、預けてもらっている人のお友達だったの。それで知り合って、今日に至るってわけよ。
……珍しいわね、トレスがこんなにも他人のことを気にするなんて」
「同じ派遣執行官のデータを知っていなければ、今後の任務に支障をもたらす場合がある。そのためにも、より多くの情報を手に入れなくてはならない」
「ああ、なるほど。そういうことね」


 は納得したように言うと、リターンキーを押して、画面に「修整プログラムロード開始」という表記を出した。
 ようやくキーボードの動きをやめて、1つため息をつくと、近くにあったカモミールを口に運んだ。


「シスター・。卿はさっき、『約束を破った』と言っていた。一体、どういう意味だ?」
「ああ、それね。ユーグがアムステルダムでの任務を終えてから、ローマに戻って来てないのよ。
どうやら今回の事件に、ユーグのご家族が殺された件と重なっているみたいでね」
「ユーグ・ド・ヴァトー神父の家族は昔、“四伯爵”という集団に殺されたと聞く。それと今回の事件と、どういう関係がある?」
「私にもよく分からないけど、どうやら敵が、その関係者だったらしいのよ。
で、トレスはこの修整が終わったら、すぐに彼を追うように、スフォルツァ猊下からの命令が下されているから、
そのためにも“教授”――あ、貴方の前だったら大丈夫か――ウィルに早く来てもらいたいのよ」


 は普段、“教授”のことを、彼の出身であるアルビオンの相性を使って「ウィル」と呼んでいる。
 それは彼とつき合いが長いから言える、彼女の特権だった。


「……トレス、1つ聞いていいかしら」
「何だ?」
「貴方……、スフォルツァ猊下のおっしゃっていることが、いつも正しいと思ってる?」
「卿の発言意図が不明だ。再入力を」
「猊下が命じたことが、本当は正しくないんじゃないかって感じたことはあるかってこと」
「俺のトップオーダーは、いつもミラノ公だ。それ以外の任務は受けない」
「……本当、貴方は彼女に忠実なのね、トレス」


 1つため息をついて、は呆れたようにトレスを見る。その敬意には、ある理由があった。

 先日のヴェネツィアの件で、トレスはアストが自分の命令に拒んだ場合、射殺すると言った。
 確かに相手は吸血鬼で、「人類の敵」だと言われている存在だ。
 射殺すると言うのも分からなくはない。
 しかし、彼女は自分の知り合いであり、かつて共に戦った「仲間」でもある。


「……トレス、私、猊下が言っていることが、いつも正しいと思えないことがあるの」
「それはなぜだ?」
「確かに、言っていることは間違ってはいないし、やっていることも正しいと思う。
私もそれに賛同して、ここに入ったのだから。けど時々、彼女の判断が間違っていると感じることがある。それが、前回の射殺命令よ」
「あれはミラノ公が、俺に伝えたことだ。ミラノ公自体は何も言わなかったが、どうすればいいのかは俺の中では把握済みだった」
「それを植え付けたのは、彼女でしょ? それが気に食わないのよ」
「……卿は何がいいたい、シスター・?」


 トレスの目が、無表情ながらにかすかに睨みつけているのを感じる。
 カテリーナに対して忠実な彼だからこそ、この発言は聞き捨てならないと思っているのかもしれない。


「……今後、彼女の判断が間違う時が来るかもしれない。もしそうなったら、彼女は自分の地位を失い……、下手したら、大切な人を失うかもしれない」
「卿の発言は意味不明だ。再入力を……」


 トレスが聞き返そうとした時、電脳情報機が「修整データ、ロード完了」の画面を表示して、それを知らせるように音を鳴らし始めた。
 はそれを止めると、トレスの首に差し込んであるプラグからコードを抜いて、彼に言った。


「彼女は……、自分のためだったら、何かを犠牲にしても構わないのかもしれない。それが例え、彼女の大事な……」
『わが主よ、声が聞こえるか?』


 の言葉を拒むように、電脳情報機から声が聞こえる。
 その声に反応するように、彼女はキーボードを叩いて、相手を呼び寄せた。


「聞こえているわ、ザグリー。どうしたの?」
『ワーズワース博士から、通信が入っている。通していいか?』
「もちろんよ。お願い」
『了解。―――交信開始、送信者、教皇庁国務聖特務分室派遣執行官“プロフェッサー”、ウィリアム・ウォルター・ワーズワース教授』


 プログラム「ザイン」が交信を開始すると、電脳情報機の画面に“教授”の顔が浮かび上がる。
 その顔は、何かに解放されたかのような爽やかさを感じていた。


「その様子だと、終わったようね、ウィル。思ったより早くでよかった」
『ああ。これでようやく、本来の任務に取り掛かれそうだよ。そちらの方がどうかね?』
「今、ちょうど修整プログラムをロードしたところよ。特に感染した様子も見られなかったから、すんなり行ったわ。
あとは貴方に、新しい腕をつけてもらえば終わりよ。義手がなかなか馴染めないみたいだしね」
『分かった。本当、迷惑をかけたね、君』
「どういたしまして。私は貴方がこっちに到着し次第、入れ替わりでローマに戻って、今回のことを猊下に報告する予定だから、早く来てね」
『了解。それじゃ、細かいことは後ほど』
「OK。―――プログラム〔ザイン〕を完全終了……、クリア」


 はプログラム「ザイン」を終了させると、電脳情報機の画面を元に戻し、そのまま電源を切った。

 トレスの方を見ると、さっきのの発言の意味がまだ掴めてないらしく、少し困惑そうな顔をしている。
 それを見たが軽く微笑み、トレスの肩に手を置いた。


「ま、私が言ったことはあくまでも仮説だから、気にすることはないわ。そのまま削除しちゃっても構わないし。トレスの判断に任せるわ」
「……了解した。……シスター・
「ん?」
「卿がこのような発言をしたのは、俺やナイトロード神父と出会う前からミラノ公と接触していたからか?」


 トレスの発言に、は動きを止め、トレスを見つめる。
 自分とカテリーナが昔から知り合いなのを知っているのは、アベルとヴァーツラフ、“教授”、ケイトだけだと思っていたからだ。


「……誰からそのことを聞いたの、トレス?」
「ミラノ公本人が、以前、卿が前聖下の命令で、護衛をしていたということを教えてくれた」
「全く、あの人は何でも、他人に話すんだから……」


 カテリーナは、何でも自分が隠すことじゃないと思えば、誰にでも話してしまうことがある。
 今回も、そのパターンらしい。
 としては、隠して欲しかったのだが……。


「確かに、私とスフォルツァ猊下……、カテリーナとは、アベルに会う前から知っている。けど当時の彼女は、こんなことを考える人じゃなかった。
こうなったのも……、すべて、『騎士団(オイデン)』のせいよ」


 あの時、「騎士団」の手によって、彼女の両親が殺されてなければ、こんなことを考えることなく、普通に暮らしていたかもしれない。
 もっと違う人生が、待っていたかもしれない。しかし、もうそれは叶うことがない。


「それがあるから、私は彼女がAxを作ることを賛同して、入ることを決めた。早く彼女の望む生活が、送れるようになったらいいと思って、ね。
ま、他にも理由はたくさんあるんだけどね」


 トレスの肩から手を離し、電脳情報機を持って、開けっ放しのドアに向かって歩き始める。
 そして部屋に出ようとした時、後ろからトレスに止められた。


「卿は今後、Ax(ここ)を離れようと考えているのか、シスター・?」
「今のところは……、考えられないわね。ま、分からないけど。そうしなきゃいけなくなったら、離れるかもしれない。けど……」


 振り返り、トレスに優しく微笑む。その顔は、トレスにはどう移っているのだろうか?


「今の私は……、敵に回すと厄介な人が約1名いるから、離れたくないっていうのが事実かしらね」
「……了解した」


 の言っている意味が分かったのか、トレスは1つだけ返事をすると、その場から立ち上がり、先に部屋を出て行った。
 その後姿を見ながら、はポツリと、誰かに言いかけるように言った。



「あなたを敵に回したら……、厄介なことになりそうで怖いからよ、トレス」










ごめんなさい、本編と何も関係ない話で終わってしまいました(汗)。
ミラノに行って、トレスの修理をする時期が、ちょうどマッチしていたため、
その話を書いて終わってしまいました、カリカリ(笑)。

そして何気に、ここでの会話の内容が、今後、大きく関わることになります。
それはすぐには現れないのですが、ちょっと印象つけるのには丁度いいのではないでしょうか。
え、ヒントが欲しいですか? あげたいのは山々なのですが、後がつまらなくなるのでなしで(笑)。
よかったら、ご想像してみてください、フッフッフッフッフッ(笑)。



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