「ひどいですね……」
アベルがため息つくと、も周りの状況を見ながら、窓から光る2つの月明かりが照らす部屋の様子を調査していた。
部屋の中には、屍の群。しかも、切り刻んであるため、かなりグロテスクな状態になっている。
「酷すぎるわよ、これ」
「全くです。……一体、誰がこんな真似を?」
「分からないけど、人間にやられたとは考えられないし」
「それが理由だったら、嫌ですよ」
「言えてる」
「……うん? どなたですか?」
カウンターの置くに、アベルは声をかけた。
もそれに反応して、アベルが見つめている先を見た。
そこには人影が立っていて、おぼつかない足取りで、こちらに向かって歩いてくる。
その手には、何かボールのようなものを抱えているようにも見えたが……。
「うっ! 何てなもの持っているのよ、こいつは!!」
月の光がそいつを照らした時、は思わずそう叫び、アベルの喉からくぐもった悲鳴が漏れた。
全身朱に染め、鷲掴みにした女の生首を持った男の口からは牙がこぼれて……。
「わ、わわわっ!」
足をもつれさせながら翻したが、既に遅く、相手はアベルに飛び掛った。
「アベル、危ない!!」
は右側の銃をサブマシンガンモードからフルロードモードに切り替え、吸血鬼に撃ち込もうとした。
……が、その前に、巨体は砕けたような轟音とともに床に叩きつけられていたのだ。
銃弾の勢いからして、誰が攻撃したのか分かったが、は無視して、吸血鬼に撃ちつけた。
彼女としては、急所を外したはずなのだが、きっかけを与えた「もの」は容赦なく撃ちつける。
床には鮮血の水溜りが出来上がり、巨体の活動を完全に封鎖するまで続けられた。
……弾痕が穿たれた天井から、硬い足音が聞こえてきて、アベルとは、その方向を見つめ、2人とも、安堵のた め息を漏らした。
「ファ、神父(ファーザー)トレス、あなたでしたか……」
「肯定」
「予想はしていたけど、やっぱりね」
ジュリコM13“ディエス・レイ”の直径13ミリの銃口は、まだ青い硝炎(ガンスモーク)が吐き出している。
「だとしても、ちょっとやりすぎじゃ……」
「…………」
トレスが答えようとした時、後ろで組成しかけていた吸血鬼が動き出した。
それを今度は、が一発撃ち込んで、動きを封じた。
「さん!?」
「大丈夫、殺してないわ。殺したら、聞きたいことも聞けないで終わっちゃうしね」
は銃をしまいながら言うと、トレスがこちらに向かって歩き出し、不思議そうに(無表情なので分からないが)聞き始める。
「ナイトロード神父、シスター・。なぜ卿らがここにいる? トリスタン号事件絡みか?」
「え、ええ。例の吸血鬼が所属していた“悪の華(フリュース・デゥ・マル)”とかってグループがここを根城にしてたって聞きまして。でも遅かった。こんなに犠牲者が……」
「“犠牲者”? 否、それは卿の勘違いだ。ここに転がっているのは、吸血鬼の犠牲者などではない。……吸血鬼そのものだ」
「……え! じゃあ、身内で殺し合ったわけ!? どうして!?」
「回答不能。データ不足だ。誘拐事件の被害者は全員、すでに餌になっていた……。事情聴取は不可能だ」
「なんてことを。浚われたのは身寄りのない子供ばかりって聞きましたけど……、むぶ!?」
「シッ、アベル、静かに」
何か物音が聞こえ、はアベルの口を塞ぐ。トレスが素早く闇を移動し、音の八世場所を探す。
ワインセラーの扉から、かすかな衣擦れの音が漏れており、3人はゆっくりとそこに近づく。
「データによると、“悪の華”のメンバーは、20人以上いたはずよね?」
「肯定。推定残数は12匹。……突入する」
「……! トレス、ちょっと待っ……!!」
何かに気づいたらしく、が言葉を発しようとしたが、トレスのM13の銃弾の音に殺されてしまった。
しかし、目の前に動く影を発見して、真っ先に止めたのはアベルだった。
「ト、トレス君! ストップ! 待って!」
アベルがトリガーを絞らんばかりだった同僚の腕にしがみ付くと、はすぐ、光の中に蹲ったもの――金髪の少女のもとに駆け寄った。
「怪我は……、ないわね。アベル、この子を保護するから、ここからすぐ近くの修道院か教会に連絡して。トレスは、ここの状況をケイトに伝えて」
「分かりました」
「了解した」
が少女を立たせながら言うと、2人の神父は手分けして、それぞれの任務に取り掛かった。
「とりあえず、1人無事を確保、か……」
しかしこの時、は何か引っかかることがあったことを、
アベルとトレスは、知る由もなかった。
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「ええっと、じゃ、まず、名前と年からどうぞ」
「エリス・ワズマイヤー。花の17歳」
「じゅうなな、と……、あれ? 昨日うかがった時は、確か18っておっしゃってませんでしたか?」
「女の年齢は微妙なの♪」
「…………あのねえ、エリスさん、お願いですから、もっと真面目に答えていただけませんかね?」
「だって、退屈なんだもん」
10日前に救出した少女を保護している修道院にて、アベルが報告書のために、エリスに質問をしていた。
が、相手はなかなか本当のことを話さないでいた。
(身内を知られたくない事情があるのかしら。それとも、ただ周りが信じられないだけ?)
トリスタン号事件の資料を読み返しながら、がふとそう思う。
身内の事情を言いたくないのは仕方がないが、周りが信じられないからというのはちょっと困る。
自分のためにいいと思ってやっていることならちょっと分かるが、それでも結果的には自分が一番苦しむことを、は十分承知していた。
(……ま、私も人のこと言えないけど、ね)
はフッと笑って、必死に質問しているアベルを見た。
そして、彼が話している内容に反応して、彼の方へ向かって歩き出した。
「聞いて下さいよ、うちの上司、すっげえ怖いんです。この前、報告書の提出が遅れた時なんか、爪研ぎながら、“最近、忙しいの?”とか妙に優しい声でおっしゃいまして。あのときは、私、目玉でもえぐられるんじゃないかと…………、グオッ!!」
「仕事の愚痴をこぼす暇があったら、とっとと報告書を仕上げなさい!!」
アベルの頭を、資料のファイルでおもいっきりどっ突くと、アベルは頭を抱え、その場に蹲った。
「痛いじゃないですか、さん! 酷いですよ!!」
「酷いも何もないわよ! 任務忘れて、自分のことばかり話すアベルがいけないんでしょう!!」
「だって、話してくれないんだから、仕方がないじゃないですか!」
「……分かった分かった! そこまで言うんだったら、協力してもいいわ」
アベルとの突っ込みトークを聞いていたエリスが、少し呆れたように言ったので、2人とも口論をやめ、エリスに注目した。
「本当に真面目に答えてくれるのね?」
「本当よ。けど……、代わりに、何か奢ってよ」
「奢り? まだ外にはお出し出来ませんよ」
「じゃあ、何か買ってきて。そしたら、ちゃんと答えてあげる。もーここの飯、すっごくまずいんだもん。たまには人間の食べ物が食べたいわ」
「……いいでしょう。何がよろしいですか? 何でも遠慮なくおっしゃって下さい」
「ガトーショコラとマロングラッセがいい」
「了解。ガトーショコラとマロングラッセ……、……メロンパンとコッペパンでもいいですか?」
財布を見ながら、真剣な眼差しで言うアベルに、エリスは枕を投げつけて、天を仰ぎ、は呆れたように相手を見つめる。
「……お金、貸してあげるわよ、アベル」
「え、いや、それはいけません! もらえるのであれば、喜んでもらいますが、借りたら返さないといけませんから……」
「どんな理由なのよ、それ……」
「まぁ、仕方ないから、それでいいわ。買って来て」
「あ、OKなんですね? では、早速……、おごっ!」
ドアを開けようとして取っ手をつた網としたとき、ドアが勢いよく開け放たれたため、アベルは顔面をおもいっきり直撃し、その場に蹲った。
「だ、大丈夫、アベル?」
「ううっ、主よ、顔が痛いです……。やあ、トレス君」
「……何をしている、ナイトロード神父?」
「外に出ようとして、ドアを開けようとしたら、若干トレスの方が早くて、ドアに顔面衝突したのよ。もう少し、落ち着いて開けたらどうなの?」
「無用だ。時間がない」
手に持っていた資料をベッドに放り投げるトレスを見ながら、はアベルに近づき、その場にしゃがみ込んだ。
「とりあえず、これでおさえて、血を止めて。……あとで治すから」
「あ、ありがとうございます、さん……」
には、自分の体にある「力」により、治癒能力を備えていた。
ここで使ってもいいのだが、何も知らないエリスの前で使うわけにはいかない。
ここはひとまず、止血だけして、あとで2人きりになったらやろうという意味で、彼にティッシュを手渡したのだった。
「シスター・ケイトから連絡があった。娘の引取先が決まった。ここを引き払う手配をしておけ」
「え……、彼女、引取先が決まったんですか?」
鼻腔にティッシュを詰めていたアベルが、トレスの顔を見ながら言う。相手は吸血鬼にさらわれた身。
一体、どこが?
「ローマの聖ラケル修道院が彼女を引き取る。……シスター・ケイトが個人的に手を回したらしい」
「や、彼女にはまた借りが出来てしまいましたねえ」
「確かに、あそこなら装備は整っているし、スタッフも優秀だから、問題ないわ。私もよくお世話になってるし」
「ああ、さんはよく、お手伝いをしに行っているんでしたよね? ボランティアの一環で、でしたっけ?」
「うん、まぁね」
ここでは言葉を伏せたが、が聖ラケル修道院に行く理由は、いくつかある。
確かにボランティアもあるのだが、それ以外にもう1つ。それは……、
彼女の一番大切な人が、その近くで「眠っている」からだ。
「……あ、この町を離れるのは嫌でしたか、エリスさん?」
「別に。どこでも一緒だもん。……で、いつローマに連れてかれるわけ?」
「今夜だ」
「「「今夜ぁっ!?」」」
トレスを覗いた他の3人が、口を揃えたように言う。あまりの急さに、一同見開いている。
「やること、早いわ、ケイト。私でさえも、そんなこと無理なのに……」
「今夜、中央駅まで担当者が迎えに来る。ナイトロード神父、ならびシスター・、卿らが責任持って引き渡せ」
「了解」
「は、はあ……。あの、トレス君、君は?」
「病院だ。例の身内殺しの吸血鬼が意識を取り戻した。――尋問してくる」
「OK。いってらっしゃい」
が手を上げて答えると、トレスはびしゃりと扉を閉じる。アベルもそれを見つつ、手を振って見送った。
「……で、あんた達の方は油売ってていいわけ?」
「いやあ、私達の方はさっぱり手詰まりでしてね」
「一応、情報収集してるんだけど、見つからなくてね。全く、いつになったら分かるのかしら?」
そんなことを言いつつ、は発見してくれるであろう「彼」に、心の中でどっつきを入れていた。
いつもならすぐに見つかるはずなのに、今回だけはそうともいかないらしい。
大変なのは分かるけど、少しスピードを上げて欲しいと思っていると、腕時計式リストバンドが、何かを知らせるように振動させていた。
……どうやら、見つかったらしい。
「じゃ、時間もないし、さくっと報告書を片付けちゃいますか」
「その前に、奢ってくれる話はどうなったの?」
「それなら、私が代わりに行くわ。アベルはそのまま、報告書を書いて」
「本当ですか? いや〜、助かります〜。この借りは、絶対に返しますね」
「返さなくてもいいわよ、アベル。で、ガトーショコラとマロングラッセでいいのね? すぐには持って来れないけど、この町を離れる前には持って来るから、電車の中で食べてね」
「分かったわ。……さ、神父さん。とっととやっちゃおう」
「はい。まず、貴方の年齢ですが……」
アベルの質問する声をバックに、はゆっくりと扉を開け、表に出た。すると……。
「……誰が用意したのよ、これ……」
目の前にあるものを見て、の表情が呆れるのと同時に、明るい表情になっていった。
けど確か、元あったものは、車だったはず……。
「……トレス、使うんだったら、使うって言ってよ……」
は車を乗って行ったと思われる男に突っ込みながら、
そこに用意されたもの――自動二輪車(モーターサイクル)に跨ぎ、そのまま目的地まで向かったのだった。
「WITCH HUNT」の1回目です。
夢主のどっ突きは追加しました。何か、どっ突きたかったので(笑)。
アベルの新曲で、この台詞があって、「最近、忙しいの」という東地さんがヒットして、
笑いが止まらなくなったのは私です(笑)。
てか、あのCD自体、笑えるところがてんこ盛りなのですがね。
(ブラウザバック推奨)