『……わが主よ、我を起動する場所は、別にカフェではなくても出来たはず。なぜ汝はここにした?』
「いいじゃないの、別に。エリスちゃんに、ガトーショコラとマロングラッセを買いに行くついでだったんだから」
『汝がそうした目的ぐらい、こちらでは把握済みだ』
「だったら、黙りなさい、スクルー」


 目の前にある小型電脳情報機(サブクロスケイグス)から流れる、プログラム「スクラクト」の呆れたような口調で主人に問い掛ける。
 昔からのつき合いの「彼」のことだ。彼女がなぜカフェにしたのかぐらい、もうとっくに分かっている。


「で、見つかったの、例の情報は?」
『そちらに関しては、未だ不明のままだ』
「見つかってないんかい、オイ!!」
『しかし、別の情報を掴んだ。さっき発覚した、“悪の華”のアジトの件だ』
「ああ、そっちの方ね。私も調べて欲しいことがあったのよ」


 の頭には、例のエリスのことが妙に引っかかっていた。
 吸血鬼のアジトに、1人だけ生きていた彼女。
 しかも、他の施設の人達もやられているのに、ケガ1つない。一体、どうしてなのか……。


「で、どうだったの?」
『アジトがやられる前日、“悪の華”のメンバーはエリス・ワズマイヤーを捕獲し、自分達の戦力として使おうと策略したが、何だかの原因で、メンバーが殺し合いを開始した。捕獲した理由は、未だ検索中』
「なるほど。彼女については、私も引っかかっていたの。あんな血まみれのところに、1人いたわけだからね。あとどれぐらいで分かりそう?」
『あと300秒だ。……最新情報:1件追加。マッシリア内の病院に入院中の吸血鬼が、仲間によって死亡。その後、看護婦に化けていた吸血鬼を、Ax派遣執行官“ガンスリンガー”により阻止され、無事捕獲された』
「……もしかしてトレス、病院内でM13(あれ)を発砲したんじゃ……」
『汝が知りたいなら、調べるが?』
「予想がつくから大丈夫よ。それより、とりあえず今はエリスちゃんの情報を集めて」
『了解した』


 トレスがやりそうなことだ。どうやって相手を捕獲したかぐらい分かっている。
 そしてその周りにいた患者や関係者が、どんな風にその様子を見つめ、怯えていたのかも想像出来る。
 他のやり方、なかったのだろうか……。


『エリス・ワズマイヤーの情報入出完了。ここに表記していいか、わが主よ?』
「いいわ、出して」


 プログラム「ストラクト」に指示を出すと、「彼」は主人の命令を聞き、画面に彼女の情報を全部流した。

 そしてそれを読んだは……、一瞬、体の動きを止めた。


「え、こ、これって……、本当なの!?」
『我のデータに狂いはない』
「……てことは、先日の一軒も……」
『汝が思っている通りだ、わが主よ』
「……なるほど、ね……」


 紅茶を飲みながら、頭の中で考える。
 もし彼女がこの通りだとしたら、大都会で、そして軍事基地で起こったら……。

 そんなことを考えていた時、プログラム「スクラクト」が何かを掴んだらしく、騒がしい音を発し始めた。


「どうしたの、スクルー?」
『最新情報:1件追加。エリス・ワズマイヤーが“クルースニク02”より離脱。力を使い、“クルースニク02”を気絶させた模様』
「えっ!!?」
『場所は、中央駅前。もし能力を使った場合……』
「……大変、アベルが……!! スクルー、ありがとう! とりあえず、電源切るわよ!!」
『了解した。気をつけろ、わが主よ』
「もちろん! プログラム『スクラクト』、情報終了(データクローズ)」


 はサブクロノケイグスの電源をすぐに切ると、そのまま僧服のポケットに入れ、表に出ている自動二輪車に乗って、その場を離れようとした。
 が、ふと何かを思い出したらしく、彼女はすぐに降り、再び店に入っていった。


「あのっ、持ち帰りで、ガトーショコラ1つとマロングラッセ2つ、保冷剤、たくさん入れて下さい! あと、急いでいるので、出来るだけ早く用意して下さい!!」


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 保冷剤をたくさん入れた箱をのせた自動二輪車が、猛スピードで中央駅に到着する。

 表には人だかりが出来ていて、はそれをかき割るように入っていくと、そこでアベルが立っていた。
 ……意識はないようだが。


「アベル! アベル、大丈夫!?」
「あの、あなた、彼のお知り合いの方ですか!?」
「あ、はい。ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。あとは私が見ますので、ご安心下さい」
「分かりました。どうぞ、お大事に」


 アベルの様子を見ていた小太りの駅員にお礼を言うと、周りも少しずつ人が減り、いつもと変わらない風景に戻って行った。それでもまだ、アベルはなかなか戻って来ない。

(もしかして……、昔のこと、思い出してる?)

 の頭に浮かんだのは、あの時の風景だった。
 彼女自身は実際にその場にいなかったが、大体予想はつく。となれば……、気がついた時、自分は何が出来るのだろうか?


「アベル、戻って! そんなところに、ずっといないで!!」


 思わず涙声になりそうな声で叫んでいることを、自身も気づいていない。
 ただ急いで、この苦しみから脱出して欲しいということだけだ。


「早く、戻ってきてよ、アベル……。アベルってば!!」
「……え?」


 の声に、ようやくアベルが反応する。周りの様子を見てから、の方に視点を合わせた。
さん……、私……」
「大丈夫。何があったかぐらい、分かっているから」


 額に流れる汗をハンカチで拭きながら、青ざめた顔を見つめる。
 ……やっぱり、あの時の映像が映っていたのだろう。


「本当に……、さん、ですか?」
「何なら、頬でもつねってみる? まぁ本当にやったら、倍以上の力でつねり返すけどね」


 少し捻りをくわえて、はアベルを安心させるように言う。
 するとアベルは、急に彼女を強く抱きしめたのだ。急なアベルの行動に、は思わず焦りを見せる。
「ちょ、ちょっと、アベル! 急に何を……」
「……悪い、……」


 懐かしいトーンで、懐かしい呼び方で、に話し掛ける。
「少しだけ……、こうさせてくれ」
「……仕方ない。今だけよ」


 諦めたように、はそっと、優しくアベルを包み込む。かすかにだが、震えているようにも感じる。

 もし自分があの場にいたら、そして同じようなことが起こったら、自分もこうなっているかもしれない。
 いや、下手したら、もっと酷くなっているかもしれない。
 プログラム「スクラクト」と情報を聞いただけでも、あんだけの状態を、引き起こしたのだから……。

 しばらく抱きしめていると、はあることを思い出した。

 そうだ、エリスが脱走したんだった……。


「……アベル! エリスちゃんがどこに行ったのか、探さなくていいの!?」
「……そ、そうだ! エリスさんが!!」
「大丈夫、もう分かっているから。とりあえず、調べるしかないわね。……もう、大丈夫?」
「え、あ、ええ。ありがとうございます、さん。ごめんなさい、急にあんなこと……。借りは、必ず返しますから」
「そんなの不要よ。私を誰だと思っているの?」
「……そう、でしたね」


 すでに、元の口調に戻ったアベルを、は安心したように、ため息を1つついた。

  “クルースニク”と“フローリスト”という関係の2人にとって、お互いを助け、守るのは当たり前のことだ。
 特には、その想いが人一倍大きい。その理由は、ある人の一言があるからなのだが……。



「あなたは、自分のことだけを考えなさい。あなたは、アベルの“フローリスト”。そのために、今自分がやれることを、考えるのよ」



「さて、エリスちゃんを居所を調べなくてちゃいけないわね。どこか、検討ついてるの?」
「それが、さっぱり。1人で先に、ホームに行ったとも思えませんし」
「そうね……。……仕方ない、手伝ってもらいますか」


 は左手につけている、リストバンド式腕時計の文字盤を動かし、一番上に「3」が来るようにセットすると、横についているボタンを1つ押した。
 すると文字盤全体が緑に光り、下から基盤の端子が、の手首の皮膚に触れた。


「プログラム『スクラクト』、聞こえていますか?」
『聞こえている、わが主よ。……“クルースニク02”は無事だったか?』
「何とか、大丈夫よ。アベル、スクルーが心配してるわ」
「本当、ご迷惑をおかけして、すみませんでした、スクラクトさん」
『汝は、わが主が一番大事にしている者。ならば我も、心配をするのは当たり前のこと。礼は不要だ』


 つくづく、主人に忠実なプログラムだが、相手としては当然の行動でしかない。
 そういう風に、昔から「彼」は、のことを支えていたのだ。


「で、本題よ。早速なんだけど……」
『エリス・ワズマイヤーは、この先の地下道にいる』
「さすが、スクルー! 分かってるじゃない! ありがとう!! 行くよ、アベル!!」
「はい。本当、スクラクトさん、ありがとうございます!」


 アベルはプログラム「スクラクト」に礼を言うと、急いで地下に向かって走り出した。
 もそれを追うように走り出したのだが、プログラム「スクラクト」の話はまだ続く。


『気をつけろ、わが主よ』
「え? それって、どういう意味?」


 アベルに聞こえないように言うプログラム「スクラクト」の声に、が耳を傾ける。
『“ガンスリンガー”が、エリス・ワズマイヤーを探すため、同じく地下道を捜索中。どうやら、彼女のことを全て知っているらしい』
「トレスが? だとしたら……、……やばいじゃない!!」



 次に起こる展開が分かったのか、は焦りながらも、アベルを追って走る。
 急いでいかなければ、トレスの思うがままになる。
 それだけは、ふせがなくてはならなかった。






夢主とアベルはすでにお互いを認め合った中なので、
こんなシーンがあってもいいのではと思って、入れてみました。
てか、半分ラブラブ小説ですね、あは(汗)。
しかも、ちょっと素なアベルも出してみましたし。
いつもはあまり弱いところを見せないアベルですが、夢主には見せるそうです。





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