いつものように街を散策していたトランディスの目に、

 ある1つの、今までみたこともない光景が飛び込んできた。




「……こいつはすごいものを見つけたな」




 行っていることは深刻なのだが、その声は何かを企んでいるようで、

 顔が思わずニヤリとする。

 まるで、悪戯好きな子供のようだ。




「こいつは夜の酒のつまみにピッタリな話題になりそうだ」




 標的にされた者達を見つめながら、トランディスの目がキラリと光った。

















「な、な、な、何ですとー!!?」




 「セイレーネス」中に響き渡ったアベルの声は、

 トランディスの予想通りのものだった。




「それって、本当なんですか!?」

「俺が嘘つくとでも思うか?」

「ええ……って、違う! そうじゃありません!」

「落ち着くことを推奨する、ナイトロード中佐」




 慌てふためくアベルを、トレスはいつもと変わらない冷静さで見つめる。

 そんなトレスは、まだ来たばかりだというのに、

 2杯目のウィスキーのロックに手を出そうとしていた。




「トレス君、やけにピッチが早くないですか?」

「仕方ないだろう。今日はステージがない上、本人はルシアの代わりにカウンターを仕切らなきゃいけないんだからな」




 ルシアの博識ぶりは皇帝区でも有名な話で、彼女の話を聞くために、ここまで訪れるほどだった。

 今夜もその客の相手をしているため、ステージがないキリエとリエルが、

 そんな彼女の代わりにカウンターでせわしなく動いていたのだ。




「だからと言って、自棄酒しなくてもいいのに。私の方が飲んだくれたい気分ですよ」

「俺は2人も面倒みたくないぞ」




 愛用のパイプに火をつけ、口から白煙を吐く。

 一方トレスは、自分のことを気にしていることなど知ってか知らぬか分からないが、

 さっさと話を進めようとする。




「話をまとめる。
1500(イチゴウマルマル)、ハザヴェルド将校は哨戒中に、

『リヴァラス』店内で、キース大佐とガルシア大尉が仲良さそうにいるところを発見した。

――間違いがあれば訂正を」

「いや、間違いない。ちなみに『リヴァラス』はテディベアの専門店だ」

「知ってます。クレアさんは幼い頃、テディベアが大好きで、シェイン様がコレクションルーム

を作ってしまったぐらいですから」




 鼻水混じりで話すアベルはいつも異状に情けない顔をして、

 テーブルの上で「の」の字を書いている。

 まるで、拗ねた子供のようだ。



 確かにクレアとレオンの趣味は同じものが多い(バイクとか改造癖とか)。

 だが、まさか共に買い物をする、

しかもクレアの好きなテディベアを買いに行くとは予想もしてなかったことだった。




「あ〜〜、あ〜〜、ど〜してこんなことになったんだろう……。トランディスさん、

他には何かないんですか?」

「お前が余計にショックを受けるからやめておく」




 苦笑いしあんがらも、どこか楽しそうな顔をしているトランディスに、

 アベルは気づいていたであろうか。

 いや、今の彼はそれどころではないであろう。




「2人の行動は不倫と同罪と見出し、法的に罰せなければならない」

「不倫って言っても、ガルシアの奥さんは病死してるのだから関係ないだろう。……てかお前、

異状にペースが早くないか?

「俺はいつもと同じだ」




 この時点でトランディスが2杯目に入るのは分かるが、

 トレスが3杯目なのは異常以外の何物でもない。

 相当キリエがいないことが不満らしい(え)。




「倒れても知らないぞ」

「俺は倒れたりなどしない。なぜそのようなことを言う?」

「なぜって、そういう風に見えるからだろう」

「心配など必要ない。――それより今は、キース大佐とガルシア大尉の方が問題にある」

「お前も十分問題だ」




 冷静な顔して、大胆な行動をするトレスに、トランディスは今度こそ本当に苦笑を零す。

 だがその心配も、どうやらする必要がないらしい。




「いらっしゃいませ、皆さん。……ナイトロード中佐、何かあったんですか?」

「ああ、こいつのことは気にするな、キリエ。カウンターの方は大丈夫なのか?」

「はい。ルシアのお客様はお帰りになりました。まだリエルは残ってますけど」




 ようやく仕事から解放されたようで、少し力が抜けたような表情を見せるキリエに、

 トレスが反応しないわけがなかった。




「もし疲れてるようなら、俺達に気を使う必要はない。ここでゆっくり休んでいくことを推奨する」

「ありがとうございます、イクス大尉。……随分飲まれているようですが、何か大変なことでも

あったのですか?」

「否定。いたって平穏に過ぎた」




 周りに人がいる時、キリエは自然とトレスに対して敬語になる。

 それはアベルとトランディスが自分達の関係を知らないからだと本人は思っているようだが、

 事実、2人ともとっくにバレていた。




「ならいいのですが……。それで、ナイトロード中佐はどうかなさったんですか?」

「ああ、いえ、キリエさん、私のことはもう放っておいて……」

「クレアとガルシアが、一緒に買い物しているのを目撃したんだ。で、それを言ったらこの様だ」

「クレアさんと、ガルシア大尉が?」




 キリエが顔をしかめ、頭をフル回転させていく。

 そしてその結果、すごい言葉が返って来た。



「ナイトロード中佐とクレアさん、別れてしまったのですか!!?

「ぶっ!」

「ごほっ!」




 とんでもない発言に、アベルがウィスキーを噴出し、トランディスが煙でむせる。

 キリエの顔を見れば、どこか悲しそうでいて、心配そうな表情を見せている。




「キ、キリエさん! そんなこと言ったら、私、余計不安に……」

「中佐、クレアさんと別れてしまったんですか!? あんなに仲がよろしかったのに!!」

「キリエ、まだそう確定したわけじゃ……」

「キース大佐の行動は法的に違反して……」

「酔っ払いは口出しするな、イクス!」




 面倒なことが一気に起こり、トランディスは1人でアタフタし始めた。

 自分から話を切り出したとは言え、予想外の方向に進んでいることに、

 心のそこで頭を抱えてしまいそうになる。




「ああ、何だか面倒臭いことになったなあ……」

「何が面倒臭いことになったですって、ハザヴェルド将校?」




 背後から聞こえる声に、トランディスの表情がぴたりと止まった。

 振り返ってみると、そこには正服姿で、

わざとらしく、しかしどことなく本気で睨みつけているクレアの姿があり、

 鋭く視線を送っていた。

 そしてクレアが階位を呼ぶ時、それは機嫌が悪い時以外に考えられなかった。




「……お、思ったよりも早かったな、クレア。スフォルツァ中将との夕食会はどうだった?」

「すんごく最悪。あれじゃ、美味しいはずの料理も不味くなるわ」




 来週執り行われる皇帝陛下の誕生祭の件で、打ち合わせ兼夕食会に呼ばれたそうだが、

 その打ち合わせ内容に納得がいかなかったのだ。

 とりあえずその場は逃れたが、いつまた振りかかって来るのか心配である。




「……アベル、あなた、顔がグシャグシャよ? トランディスに虐められたの?」

「どうして俺がナイトロードを虐めないといけないんだ」

「やりそうだから言ったじゃない。それに、トレスも随分飲んでいるようね。明日は皇帝区大尉との

会議に参加するんじゃなくて?」

「俺は酔っていない」




 どこまでが事実で、どこまでが嘘なのか分からないが、

 自分もイラついているため、何も言えなくなってしまう。

 とりあえず、キリエが用意してくれたグラスに氷を入れると、

 ウィスキーを注ぎいれ、一口喉に通す。




「クレアさん」

「何かしら、キリエ?」

「ナイトロード中佐と別れたんですか!?」

「……はあっ!?」




 思わず漏れた声に、クレアは一瞬ハッとなったが、上げたしまったら後の祭りだ。

 とりあえず、事情を探ることにする。




「どうして、そんなことになるのよ?」

「だってハザヴェルド将校が、先ほどクレアさんとガルシア大尉が一緒にいるところを見つけたって……」

「レオンと一緒に? ……ああ、あのことね」

「あのことって、一体全体、何なんですか!? クレアさん、私にはいつも隠し事なんて……」

「隠し事も何も、そんなことする理由なんてないわよ」




 焦るアベルとキリエに、いたって平然と――機嫌は悪いが――発言するクレア。

 その理由は、実に簡単なことだった。




「今日、ファナちゃんの誕生日だからって、一緒にプレゼントを探しに行ったのよ。

私も好きだからっていうのもあったから、テディベアにしたんだけど、久々に見てたら

楽しくなっちゃってね。あ、プレゼントはちゃんと買ったわよ。お礼にカフェでコーヒーも

ご馳走してもらったわ」




 レオンには皇帝区に、亡き妻との間に誕生した一人娘がいる。

 だが妻の遺伝なのか、彼女自身も体が弱く、病院生活を余儀なくされていた。

 彼が軍に入隊したのは、彼女の医療費を半額負担してくれるからという理由もあり、

 軍の中でそのことを知らない人はいないほどだった。




「……本当に、それだけですか?」

「あら、アベル。私を疑うっていうの? ちょっとそれ、傷つくわよ」

「わー! 違います! そういうつもりで言ったんじゃありませんよ〜!!」

「そうかしら?」




 わざとらしく睨みつけながらも、クレアはちょっとだけ嬉しかった。

 だがそれを言ってしまったら面白くないので、そのまま胸に閉まっておき、

 煙草を取り出してジッポで火をつけた。




「よかった。クレアさんとナイトロード中佐が別れてなくて」

「本当、私もビックリしたわ。またトランディスが変な方向に話を進めたんでしょう」

「そんなつもりなどない。……ああ、そう言えば」




 パイプを噴かしながら、トランディスは何かを思い出したかのように発言し始める。




「昨日、ガルシアがプレゼントで悩んでいたな。『おもちゃ屋はたくさんあるけど、

どれも買ってやりたくて、1つに決まらない』って。で、クレアがテディベアが好きなの

知っていたから、一緒に店に行ってみればいいじゃないかって奨めたんだったな」

「……何ですってーーー!!?」




 トランディスの発言に、真っ先に食いかかってきたのはアベルだった。

 その目は飛び出さんばかりに大きく見開かれている。




「どーしてそれを言ってくれなかったんですか、トランディスさん!?」

「だから、俺も忘れてたんだって。悪かったな、ナイトロード」

「謝って済む問題じゃありません! 罰として、今日の清算、すべて払ってもらいます!!」

「毎回クレアに払ってもらっているヤツに言われたくないな」

「うっ……」




 反撃出来なくなり、アベルは立ち上がっていることに気づいて座り込むと、

 グラスに残ったウィスキーを一気に煽り、再び注いだ。



 その傍らで、トランディスが不敵に笑みを零していることも知らずに。




(やっぱり、ナイトロードはからかいがいがあるな)









「……で、トレスはどうしてこんなに飲んでるの?」

「それが、全然分からないんです。ねえ、何かあったの?」

「何もない。ただ飲みたかっただけだ」




(何だか、可愛い妬きもちね。ちょっと微笑ましいかも)




 心の中で呟く声は、当の本人に聞こえることなく、ゆっくりと消えていった。



















実は1つ前の話より、
こっちの方が先に完成していました(笑)。
えへっ。

いや、レオンとクレアって、同じようなものが好きなので、
付き合っていると勘違いされる時があるんじゃないかな、と思ったのが最初でした。
バイク好きだし、改造好きだし、酒豪で喫煙家だし。
軍人パロクレアは、子供も好きだから、きっと目を輝かせてファナちゃんのプレゼントを
探していたことでしょう。

あとは、アベルを虐めるトランディスと、飲んだくれトレスが書きたかっただけです。
以上(え)。





(ブラウザバック推奨)