「「クレアさんが暴力を!?」」 自分の耳を疑いたくなってしまう事実に、 ステージを終えたキリエもリエルも言葉を失ってしまった。 「まあ、何て言うか、説教しすぎたんだ」 「説教しすぎた? どういう意味なの?」 レオンの言葉に、一緒に話を聞いていたルシアが、疑問そうに首を傾げる。 キリエの横に座っているトレスがそれに答える。 「本日PM4:00、軍の市営寮に重傷を負ったシルフィ・レイン(8)を発見。 すぐに病院に運んだが、意識不明の重体だった。原因を調べたところ、女児の手に ウェステル陸軍1等兵の1人の者だと認識し、キース大佐がその尋問にあたった」 「相手は正直に自供したが、理由が『自分の服を汚したから』ってところに、 クレアはカチンと来たらしくてな。顔中を殴り倒した挙句、全身骨ボロボロになる んじゃないかぐらいに蹴り倒したらしい」 「そんな……」 トレスの言葉を続けるようにトランディスが言うと、 キリエもリエルは、どんどん表情が苦しくなっていった。 特にキリエは、信じられないという感じで俯いている。 「もともとその子とクレアは仲が良くてな。時々、一緒に遊んだりもしていたそうだ。 だからなおさら、ショックだったに違いない」 「もしかして、それが例の1等兵にとっては気に食わなかったんじゃないかしら?」 「その可能性は高いと思われる」 友達のように慕っていた少女の身に起こった悲劇。 それを黙って見ていられるほど、クレアは残酷な人間ではなかった。 逆に犯人を突き止め、原因を追求するだろう。 その度が過ぎたのだと思えばそれでいいのだが、事態はそんな簡単に済むことじゃなかった。 出入口の扉が開く音がして、視線がそこに集中する。 注目の的にされたアベルは、一瞬驚きながらも、その状況をすぐに把握した。 「皆さん、お揃いだったんですね。よかった〜」 少し苦笑しながら、いつも座っている席に腰を下ろす。 すると、真っ先にリエルがアベルのもとへ駆けつけた。 「アベル、クレアさん、どうなったの!?」 「事の発端は相手にありましたし、クレアさんが逆上しても可笑しくない状況だったから という理由で、3日間の謹慎で何とか収まりました。」 「相手はどうなった?」 「腹部の内臓気管損傷に、全身打撲、肋骨も折れてましたね。……ああ、あと、 左腕の関節が外れてましたっけ」 「そりゃ、かなり重傷だな」 「けど、意識はあるので、シルフィさんよりもまだいい方です」 少女が未だ意識不明で、アベルもそれを止めることが出来ずに悔しそうな表情を見せる。 それは、ここにいる陸軍兵、そしてルシアとキリエ、リエルも同じだった。 「ということで、しばらくお店には来れないから謝って欲しいと言ってました」 「馬鹿ね。そんなこと、謝ることじゃないじゃない」 「そうだよ! 寧ろ、その1等兵の方が許せないよ。彼は処分の対象にならないの?」 「怪我が治り次第、すぐに皇帝区に送還されるそうです。……もうここには戻ってこないでしょう」 普通なら、皇帝区の軍事学校に戻された後、訓練を受け直せば軍に復帰できるのだが、 事が事なだけに、戻ることすら許されないというのが皇帝区の判断だった。 クレアの処罰内容もそれが理由で、今回の彼女の行動は予想範囲内なため、 ウェステルでの3日間謹慎処分ですんだのだった。 「あれ? ところでキリエさんは?」 「キリエ? キリエならそこに……、……あら?」 ルシアが気がついた時には、トレスの横にいたはずのキリエの姿がなくなっていた。 疑問に思い、トレスに行方を聞くと、彼女は部屋に戻ると席を立ったのだそうだ。 しかしキリエが席を外す時、必ずルシアに一言声をかけていく。 それがないとなると、いささか不安になってくる。 「……もしかしたら、クレアのところへ行ったのかもしれないわね」 「ええっ! もしそうだったら、大変じゃないですか!!」 「肯定。謹慎中、いかなることが生じても、軍関係者以外の接触は断じて禁止されている」 「とりあえず、彼女を探しましょう。リエル、あなたはここで待機していて。私はハヴェル 大佐のところへ行ってみるわ」 「うん、分かった」 「俺はガルシア大尉と共に寮を哨戒する。行くぞ、ガルシア大尉」 「そうすっか。お前はどうする、トランディス?」 「街の方を捜索してみる。もしかしたら、住民の誰かが見つけているかもしれないからな」 各々がそれぞれ行動を開始する。 それを見ながら、アベルはルシアの肩を叩き、1つ頼み事をした。 「ルシア、1本ウィスキーを貰いたいんだがいいか?」 「ええ、いいわよ」 アベルの口調が戻っているのは、周りに軍の仲間とリエルがいなくなったからだ。 「クレア、大丈夫なの?」 「今は何とも言えないが……、……精神的なダメージはそう簡単には消えないだろうな」 事実、現場を最初に発見したのはクレアだった。 少女と待ち合わせをしていた場所に着いた時には、すでに体中から血がにじみ出ていて、 プレゼントする予定だった花束が地面に落ちたのも気にせず駆け寄ったのだと言う。 「今頃、1人で落ち込んでいるんだと思うと、なかなか声がかけられなくてな。 ウィスキー1本持って行けば、その勇気も出るんじゃないかって思って」 「本当、恋人想いな彼氏ね」 「相手がクレアだからだ」 「だから、それが恋人想いって言うのよ」 そう言いながらルシアがアベルの前に置いたウィスキーは、 クレアが1番気に入っている皇帝区のものだった。 代金を支払おうとするが、その必要はないと首を左右に振る。 「これは、私からのプレゼントよ。ちゃんと元気つけてあげなさい」 そう言って見せる笑顔に、アベルはただ苦笑するだけだった。 どうして月は、こんなに光り輝いているのだろうか。 ウィスキーのグラスを片手に、クレアは窓辺に座って、月を眺めていた。 寝ようと思っても眠れない。 目を閉じると、あの時の光景が鮮明に蘇ってきて、すぐに開いてしまうのだ。 寝ることを誰よりも好むクレアにとって、異常事態であるのには間違いなかった。 (シルフィ、大丈夫かしら……?) 本当はすぐにでも見舞いに行きたいのに、それすら出来ないもどかしさが、 クレアをより苛立たせていた。 自業自得だと分かっていても、悔しくて仕方がない。 あと数分早く来ていれば、こんな悲劇など起こらなかった。 あと数分早く来ていれば、こんなに自分を責めることもなかった。 そう思えば思うほど、クレアは自分を責め続けていた。 短くなった煙草の火を消すために灰皿へ手を伸ばした時、 扉をノックする音がかすかに響いた。 時間はPM10:00近く。 まだみんな、「セイレーネス」にいるはずだ。 窓際から離れ、ウィスキーグラスをテーブルの上に置く。 その足で扉まで向かって、ノブに手をかける。 そして扉を開いた先にいたのは、見覚えのある歌姫の顔だった。 「キリエ! あなた、どうしてここへ!?」 「クレアさんのこと心配で、ついここまで来てしまって……」 慌てて彼女を部屋に入れると、誰かにつけられてないか不安になり、周りを見回す。 どうやら、見つかった形跡はないようだ。 安堵のため息をつきながら、クレアはゆっくりと扉を閉める。 そして部屋に招いたキリエに向かって、厳しい言葉を発した。 「ここは軍関係者以外立ち入り禁止区域なはずよ。どうしてそんな危険なことをするの?」 「ごめんなさい。でも私、1番辛いの、きっとクレアさんだと思ったから、どうしても会いたくて」 「私としては、こんな無謀な真似をするキリエの方が心配よ」 「ごめんなさい……」 キリエが落ち込む姿を見て、クレアは自分の口調が強かったことに気づく。 つい、苛立ちが表に出てしまったようだ。 「……駄目だわ、私」 「え?」 顔を見上げてみれば、いつもと違う表情を見せるクレアに、 キリエは思わず驚きの声を上げてしまう。 「ごめんなさい、キリエ。本当は嬉しいの。なのに、ついきついこと言ってしまって」 「い、いいえ! クレアさんは何も……」 「無理して否定しなくてもいいのよ」 「そんな……。私、そんなつもりで言ったんじゃ……」 励ましの言葉を言いたいのに、その言葉が届かなく、 キリエはどうしたらいいのか分からなかった。 一方クレアは、自分を元気つけさせに来たキリエに嬉しいはずなのに、 それが素直に言葉にならず、もどかしさを感じていた。 「とりあえず、すぐにトレスを呼ぶから、すぐにルシアのところへ戻りなさい」 それだけ言うと、クレアは通信機を取り出して、すぐにトレスに連絡をする。 5分以内に到着するという解答をもらい、電源を切ると、 クレアは片隅にあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。 「……すごく、笑顔が可愛い子だったの」 コーヒー豆とお湯をセットし、電源を入れながら、 クレアはゆっくりと語り始める。 「初めて会った時、たくさんのお花を持って、それが可愛らしくて声をかけたの。 それからかな、一緒に遊ぶようになったのは」 「クレアさん……」 ポットに出来上がったコーヒーがたまっていき、 そのポットを外して、マグカップに注ぐ。 砂糖の数とミルクが必要か聞き、それぞれをカップに入れると、 そっとキリエに渡して、ソファに座らせた。 「例の1等兵、出身がイスターシュで、本当はそっちに進むことを望んでいたみたいなの。 なのに、上がくだした配置場所がウェステルだったから、それに対して不服に思っていた そうよ」 「それじゃ、その子はある意味、その腹癒せみたいな……、……あ、ごめんなさい! そんな風に言うつもりじゃなかったんだけど……」 「否定しなくてもいいわよ、キリエ。……私も、そう思ったから」 煙草を1本取り出し、それに火をつける。 口から離れる煙が、静かに消えていくのを見つめる姿は、どこか苦しそうにも見える。 「……クレアさんは、悪くなんてありません」 キリエの言葉が、静まり返った部屋に響き渡る。 「それに、1番辛いの、クレアさんです。大事なお友達が意識不明なんですもの。 辛くないはずありません」 「キリエ……」 何か声をかけようとしたが、扉をノックする音がしたため止めてしまう。 ドアノブに手を伸ばし、ゆっくり開くと、呼ばれて飛んで来たトレスの姿があった。 「キリエは無事か、キース大佐?」 「全然問題なし」 部屋に招き入れると、コーヒーを飲み干したキリエの姿に、トレスは安堵の表情を見せる。 そんなトレスを、クレアは微笑ましく、そして少しだけ羨ましく思ってしまうのは、 自分が今、酷く苦しいからだということに、この時はまだ気がついていなかった。 「キース大佐、卿には迷惑をかけた。キリエ、今後、危険な真似をすることは許さない」 「ごめんなさい、トレス。……クレアさんも」 「こちらこそ、心配かけてしまったわね。3日立ったら、またお店に顔出すから」 「はい。コーヒー、ご馳走様でした。やっぱ、クレアさんが淹れるコーヒーは美味しいです」 そう言ってキリエは頭を下げると、トレスと共に部屋を後にしていく。 静かになった部屋に、クレアは1つため息を漏らした。 ウィスキーのグラスを再び手にしようとしたが、それはすぐに止まった。 そして真っ直ぐ窓まで歩いていき、目の前に見える顔に呆れながら、 ゆっくりと窓を開けた。 「どうしてそこからの登場になるわけ?」 「正面から来たら、怪しまれると思いまして」 ここが1階でよかったと思いながら、クレアはアベルに手を貸す。 部屋に入るなり、すぐに窓を閉めると、 何も言わず、彼に身を預けた。 「……また、我慢してたのか」 「してるつもり、なかったんだけど」 我慢しているつもりなどない。 アベルの顔を見るまで、そんなこと、思ってもいなかった。 しかし実際はどうしようもなく不安で、押し潰されそうな気分になっていたらしく、 クレアの腕が、自然と彼の背後へと回っていた。 「……不安なの」 「分かってる」 「シルフィのことが、どうしようもなく心配なの」 「分かってる」 「このまま目が開かなかったらどうしようって、思えば思うほど、苦しくなってくの」 「……分かってる。だから今日は、ゆっくり休め。俺が側にいるから」 「……うん……」 ベッドまで連れて行かれ、ゆっくりと寝かせられる。 手を強く握り、安心させるように髪をそっと撫で下ろす。 それが嬉しくて、クレアの頬を涙が伝っていった。 「アベル」 「ん?」 「……ありがとう」 それだけ言うと、クレアはゆっくりと目を閉じた。 そして数分もしないうちに、ゆっくりと眠りの世界へ入っていったのだった。 「お前のせいじゃない。だからもう、そんな顔するのはやめろ」 少しだけ安心したような寝顔を見せるクレアの額に、アベルはそっと、自分の唇を当てた。 |
「本編始まって、早速謹慎か!?」と思うかもしれませんが、
この話はクレアがウェステルに来て、大分立ってからの話です。
念のため(汗)。
クレアは正義感が強いけど、責任感も強い人です。
だから、結構自分を追い込んでしまっていると思います。
キリエちゃんに冷たく当たってしまって申し訳ないと思う反面、これも仕方ないのかなと思いますし。
クレアの代わりに誤ります。
ごめんね、キリエちゃん(汗)。
トレスが細かいフォローをしてくれていることを願ってます(笑)。
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