「……何だって?」




 レオンとクレアがつき合っていないことが分かった夜、

 アベルはクレアの執務室へ呼ばれ、

 カテリーナとの夕食会でのことについての報告を聞いていた。




「それ、本気で言ったのか!?」

「だから、頭が痛いんじゃない」




 「セイレーネス」で飲み足らなかったのか、それとも飲みたい気分なのか、

 クレアは秘蔵にしてたウィスキーを口に運び、大きくため息をついた。

 アベルも状況が状況なだけに、それにつき合っているが、

 何とかして止めさせなければと、いろいろ策を立ててみようとする。




「確かに陛下は、全てを領主に任せると言ったわ。けど、あの意見には賛成出来ない」

「俺もそうだ。だが、どうやって対抗する? 相手は何があろうと、自分の意見を通そうと

するに決まっている」

「分かってる。だから、何とかして対策を練らなくてはならないのよ」




 ウィスキーのグラスを空にして、執務卓の上に置く。

 そして何かを考え込むかのように、口元を両手で隠すように両肘をついた。






「そう。この事態だけは、何としてでも避けないと、いけないのよ」






 だが策を立てるのよりも先に、カテリーナが行動を起こしてしまうことになるとは、

 この時、クレアもアベルも予想がついていなかった。


















「なるほど、それで機嫌が悪かったのか」

「今でも機嫌が悪いわよ」




 翌日の「セイレーネス」。

 ステージが始まるまで、クレアはトランディスに、

アベルに話したことと同じ内容を伝えていた。




「確かにクレアの言うことも分かるが、いい風に考えれば、陛下が安心出来る材料になるん

じゃないのか?」

「何、中将と同じ意見だ、とでも言いたいわけ?」

「俺はただ、素直に自分が思ったことを言っただけだ」




 鋭く睨まれても、トランディスは苦笑するだけで、

 特に気にもしていないようだった。

 それを見ると、余計に腹立たしくなりそうだったが、

 相手も別に悪気があって言っているわけではないのだから、とにかく落ち着こうとする。




「お前らしくないぞ、クレア……って、お前は怒り出すと止まらないんだったな。ナイトロード

の苦労する顔が目に浮かぶようだ」

「どうせ止まらないわよ」

「そう開き直るなって」




 苦笑しながらも、クレアのグラスに新しいウィスキーを入れると、

 トランディスは愛用の煙管に火を灯した。

 勢いよく扉が開いたのは、その白煙を目で追っている時だった。




「大変です、クレアさん! トランディスさん!!」




 息を切らせながら店に入るアベルの姿に、

 クレアとトランディス、そして客の相手をしていたルシアの視線が飛ぶ。




「どうした、ナイトロード? 血相な顔かいて」

「ス、スフォルツァ中将が……」

「中将が、どうかしたの? ……まさか、ここに来るって言うんじゃないでしょうね……!?」

「その、まさかですよ、クレアさん!!」




 予想が当たったことに、クレアは顔をしかめ、

 そして再び開いた扉に視線を注いだ。



 何人もの即席軍人を連れ、カテリーナ・スフォルツァは店に入って来る。

 その姿に、客は動きを止め、軍関係者が一斉に立ち上がり、敬礼をする。

 クレアとトランディスも、それにすぐ同じた者の中の1人だ。




「昨夜は起こしくださって、ありがとうございます、キース大佐。あなたもお久しぶりです

ね、ハザヴェルド少将」

「お久しぶりです、スフォルツァ中将。本日はどのようなご用件で、このような庶民の場所へ

お越しになったのですか?」

「おや、キース大佐から話は伺ってないのですか? あなたにしては、珍しく遅いですこと

ですね」

「今、大佐から伺ったところです。が、私としては、ご本人から直接お聞きしたいと思いまして」




 この余裕はどこから来るのか、クレアは不思議で仕方がなかった。

 それは今の自分が切羽詰っているからと言われてしまえば終わりなのだが、

 トランディスの対応に感心してしまう。




「あなたらしい意見ですね。いいでしょう。――先日、陛下よりウェステルから、

誕生祭のために何か出し物を用意して欲しいという命を受けました」

「それは存じております。その場にいましたので」

「そうですね。では、それは省略しましょう。――あなたが、ここのオーナーですか?」

「はい。ルシア・カーライルと申します。お初にお目にかかります、スフォルツァ中将」




 カウンターから表へ出てきたルシアが、カテリーナの前で丁寧にお辞儀をする。

 そして彼女を席に案内すると、奥から1本の赤ワインを持って来る。




「皇帝区のフェルドリア農園で、10年前に作られたカヴィルネ・ソーヴィニオンを

使用した赤ワインです。お口に合えば、幸いです」

「ありがとう、ルシア。あなたの博識ぶりは、皇帝区でも有名のようですね。

私の知人の多くが、あなたのファンだとか」

「そう言っていただけて光栄です」




 ルシアの冷静な対応も、クレアにとっては信じられなかった。

 いや、彼女はカインの付き合いで、多くの著名人と会う機会が多いため、

 こういう場に慣れてしまっている部分もある。




「そろそろ、ステージが始まります。当店自慢の子達ですの」

「噂は聞いています。で、そのことに関して、今夜は1つ、お願いがあって来たのです」

「……と、申しますと?」




 ルシアが聞き返したのと同じに、クレアは受け入れたくないかのように、

目をきつく閉じてしまう。

 それを見たアベルも胸が締め付けられそうになり、

 トランディスは事実を確信にするかのように、聞き耳を立てる。






「来週執り行われる誕生祭に、ウェステルの代表として、イシュトー姉妹の舞台を是非、

皇帝陛下に披露したいのです」






 ステージが開く知らせのブザーが鳴り響いたのは、その発言の直後のことであった。



















出ました、強豪カテリーナ(違)。

そして、彼女の登場でトランディスの様子が変わったのが表現できたら、
今回は大成功だと思います。

ちなみにカヴィルネ・ソーヴィニオンはブドウの種類です。
私の家族が好んで飲むもので、渋くて美味しいです。
この味に慣れると、他のワインが薄く感じてしまうので、
相当ワイン慣れしてから飲むことをお奨めします(笑)。






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