「ウェステル陸軍クレア・キース大佐、ならび、アベル・ナイトロード中佐。お召しにつき、

参上いたしました」

「お入り下さい」




 部屋の主の声が聞こえ、クレアはゆっくりと扉のノブを回す。

 開くと、1番奥にその人はいた。



 エステル・ブランシェ。

 フィークスフェイク第30代皇帝にして、先代ブリジットの孫娘である。



 若干18歳の少女は、クレアとアベルの顔を見るなり顔が一気に明るくなり、

 満弁の笑みを浮かべる。

 この笑顔が、クレアは何よりも大好きだった。




「クレアさん、アベルさん! お久しぶりです!」

「お久しぶりですわ、陛下。お元気そうで何よりです」

「こんにちは〜、陛下〜。いや〜、相変わらず広い部屋ですね〜」




 周りを見回しながら、アベルは目を輝かせている。

 いや、正確には、エステルの目の前に置かれているアフタヌーンティーになのだが。




「ジョスリン中将はどちらへ?」

「出来れば3人きりにして欲しいと、無理言ってお願いしてもらいました。……ので、

もっと力を抜いてもいいですわよ、クレアさん。アベルさんもです」

「……また、そうやって、自分の身を危険にさらしたわね、エステル」

「中将が出て行かれたのは、つい先ほどの話ですわ」




 クレアとエステル。

 2人の仲は実に古く、エステルにとっては本当の姉のように慕っていた。




「私達がいない間にテロリストが来たら、どうするつもりだったんですか?」

「その心配はありません。あたしだって、決して何も出来ないわけじゃありませんから」




 アベルとエステル。

 クレアの紹介で仲良くなり、そしていつの間にか、こうしてお茶を楽しむようになっていた。




「今日は何を用意したの?」

「オレンジ・ペコです。ほら、クレアさん、さっぱりした物がいいとおっしゃっていたじゃないですか」

「確かに、そんなことを言ったわね」

「エステルさ〜ん、これ、食べてもいいですか〜?」

「はいはい、いいですわよ、アベルさん」




 2段目にあるイチゴタルトを取り、嬉しそうに頬張るアベルを、

 クレアは少々呆れながらも見つめていた。

 だがこれも、いつものことなためか、少しずつ慣れ始めていた。




「クレアさん、ウェステルの生活には慣れましたか?」

「ええ、お蔭様で。知っている人が多くて助かったわ」

「あそこは、ほとんど学生時代の仲間達の集い場みたいなものがありますからね。

クレアさんが来たら、さらに懐かしさが倍増しましたよ」

「そうですか。よかった」




 最初に入学したアベルとトランディス、レオンを追いかけるように、

 2年遅れてクレアも入学したが、

 当時の行き着けのパブのお蔭で、全員の顔を知ることとなった。




「……クレアさん、アベルさん。今回は折り入って、相談があるんです」




 ティーカップを置いた少女の目は、どこか遠慮しがちで、

 けど何かを願うかのように客人達に向けられる。




「今度の誕生祭にて、ウェステル側とイスターシュ側、双方から何かを披露して欲しいのです」

「披露? 何を?」

「何でも構いません。曲芸でもいいですし、小話などをしてくれる方でもいいですし。

ただその選択を、出来れば両領主にお願いして欲しいのです」

「……領主に、ですか?」




 内容が内容なだけに、アベルも思わず食べる手を止めてしまう。

 クレアもまた、それに反応して、許可を得て灯した煙草の火を勢いよく消した。




「それはつまり……、ご自分の手で、今回の脅迫状事件の犯人を捕まえるためですか?」

「それもありますが、また他の理由もあるのです」

「他の理由?」

「ええ」




 外からの光が、まるで何かを見守るかのように部屋へ注がれる。

 それを感じながら、エステルはゆっくりと2人に話し始めた。




「新国家制度が設立されてから大人しくなったもの、影ではまだ見えない火花が散っている

と聞きます。それを少しでも、取り除きたいのです」

「出来れば平穏に、そして穏便に双方の間を取り盛りたい。そういうわけね」

「理解していただけて嬉しいです、クレアさん」




 少し安心したような表情を見せるエステルとは違い、

 クレアの顔は深刻な表情をしている。

 アベルはそんな2人の心情を理解してか、大人しく様子を伺っている。




「……あなたの作戦はあまりにも危険すぎるわ、エステル」

「分かってます。けど、これ以上、国民は勿論、軍の方達にも無駄な血を流して欲しくないのです」

「エステルさん……」




 1国を支える皇帝陛下として、国民の命を守るのは当然のこと。

 つまり、軍の者達の命を守るのも当たり前のことなのだ。

 だからこそ彼女は、これ以上の無駄な犠牲者を出したくはなかった。




「みんなが平和に暮らせる国。それがあたしの理想であり、願いでもある。だからこそ、

お互いの文化などを紹介して、何らかの成果として残したいのです」




 エステルの言葉を聞き終え、クレアはゆっくりとティーカップの中のオレンジ・ペコを喉に通す。

 爽やかな香りが口中に広がり、どこか心を落ち着かせてくれる。




「……ウェステル陸軍中佐として、どう思う、アベル?」

「勿論反対です。街の方々に、危険なことなんて、絶対に許せません」

「私もそう思う。……けど」

「けど?」

「……けど陛下の願い事が何1つない誕生祭なんて、そんなの、誕生祭でも何でもない、

ただのお祭騒ぎよ」




 クレアの言葉の意図が分かったか、エステルが一瞬驚いたかのように目を見開く。




「それって……、……賛成してくださるってことですか!?」

「そんな! クレアさん、危険すぎます!!」

「分かってる。だから、条件を出すわ。選択肢は領主――私達の場合はスフォルツァ中将ね――

に託すけど、それに賛同するかどうかは、こちらで決めさせてもらう。それでいいかしら?」

「はい! ありがとうございます!!」






 エステルの満弁の笑みに、クレアは少し苦笑しながらも、

 短くなった煙草の火を消す。

 そして、焼き立てのチョコチップクッキーを口に運んだのだった。

















「本気であんなこと了承してよかったのか!?」




 部屋を出て、帰路へ向かう車内で、

 アベルは今まで溜まっていたものを吐き出すかのように、クレアへ言葉をぶつけた。




「俺達が決めるならまだしも、領主達が決めるんだぞ!? 何を企んでいるか分からない」

「ええ。けど、皇帝陛下であるエステルがそれを望んでいるのであれば、それを叶えるのも、

また私達の務めじゃなくて?」

「そりゃ、そうかもしれないが……」




 信号機が赤になり、車を止めると、助手席に座るクレアの表情を伺う。

 言葉とは裏腹に、不安そうに俯くクレアに、

 アベルは思わずため息をついてしまう。

 そして、何か詫びるかのように、彼女の頭に手を置いた。




「……悪かった」

「え?」

「俺なんかより、お前の方が責任を感じてるはずなのに、きついこと言って悪かった」




 謝ってはいるが、それはどこか呆れている。

 それは、クレアもすぐに分かっていた。



 クレアはいつだってこうなのだ。

 国のために力を尽くす。

 そして皇帝陛下の指示に忠実に従う。

 それがたとえ、昔からの知り合いであるエステルであろうと、

変わることなどない行動だ。



 だから、自分の意見を押し殺してしまい、あとから深く考え込んでしまう。

 1番太刀が悪く、1番厄介な癖である。




「選出に関しては、俺も協力する。クレア1人で、全部を任せるわけにはいかないからな」

「アベル……」




 ゆっくりと手が離れ、クレアはゆっくりとアベルの横顔を見つめる。

 それはどこか不安そうで、でも頼もしく見えた。




「だから、1人で落ち込まないで、陸軍大佐らしく、しっかりと胸を張っていろ」






 青信号になり、運転を再開したアベルの目に、クレアの笑顔が少しだけ垣間見れたのだった。



















ついに皇帝エステルの登場です。
そしてこの3人は、ここでも仲良しです。
私がそうしたかったので(笑)。

この話が浮かんだ時点で、今回の話の流れはすでに出来上がっていました。
しかし、文章にするのに時間がかかりすぎました(汗)。
くそう、時間と余裕さえあれば、もっと早く終わったのに……!!

でも、最後にラブラブが賭けたので、ちょっと満足している紫月なのでした(え)。





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