「お入り下さい」
開くと、1番奥にその人はいた。
フィークスフェイク第30代皇帝にして、先代ブリジットの孫娘である。
満弁の笑みを浮かべる。 この笑顔が、クレアは何よりも大好きだった。
「お久しぶりですわ、陛下。お元気そうで何よりです」 「こんにちは〜、陛下〜。いや〜、相変わらず広い部屋ですね〜」
いや、正確には、エステルの目の前に置かれているアフタヌーンティーになのだが。
「出来れば3人きりにして欲しいと、無理言ってお願いしてもらいました。……ので、 「……また、そうやって、自分の身を危険にさらしたわね、エステル」 「中将が出て行かれたのは、つい先ほどの話ですわ」
2人の仲は実に古く、エステルにとっては本当の姉のように慕っていた。
「その心配はありません。あたしだって、決して何も出来ないわけじゃありませんから」
クレアの紹介で仲良くなり、そしていつの間にか、こうしてお茶を楽しむようになっていた。
「オレンジ・ペコです。ほら、クレアさん、さっぱりした物がいいとおっしゃっていたじゃないですか」 「確かに、そんなことを言ったわね」 「エステルさ〜ん、これ、食べてもいいですか〜?」 「はいはい、いいですわよ、アベルさん」
クレアは少々呆れながらも見つめていた。 だがこれも、いつものことなためか、少しずつ慣れ始めていた。
「ええ、お蔭様で。知っている人が多くて助かったわ」 「あそこは、ほとんど学生時代の仲間達の集い場みたいなものがありますからね。 「そうですか。よかった」
2年遅れてクレアも入学したが、 当時の行き着けのパブのお蔭で、全員の顔を知ることとなった。
けど何かを願うかのように客人達に向けられる。
「披露? 何を?」 「何でも構いません。曲芸でもいいですし、小話などをしてくれる方でもいいですし。 「……領主に、ですか?」
クレアもまた、それに反応して、許可を得て灯した煙草の火を勢いよく消した。
「それもありますが、また他の理由もあるのです」 「他の理由?」 「ええ」
それを感じながら、エステルはゆっくりと2人に話し始めた。
「出来れば平穏に、そして穏便に双方の間を取り盛りたい。そういうわけね」 「理解していただけて嬉しいです、クレアさん」
クレアの顔は深刻な表情をしている。 アベルはそんな2人の心情を理解してか、大人しく様子を伺っている。
「分かってます。けど、これ以上、国民は勿論、軍の方達にも無駄な血を流して欲しくないのです」 「エステルさん……」
つまり、軍の者達の命を守るのも当たり前のことなのだ。 だからこそ彼女は、これ以上の無駄な犠牲者を出したくはなかった。
爽やかな香りが口中に広がり、どこか心を落ち着かせてくれる。
「勿論反対です。街の方々に、危険なことなんて、絶対に許せません」 「私もそう思う。……けど」 「けど?」 「……けど陛下の願い事が何1つない誕生祭なんて、そんなの、誕生祭でも何でもない、
「そんな! クレアさん、危険すぎます!!」 「分かってる。だから、条件を出すわ。選択肢は領主――私達の場合はスフォルツァ中将ね―― 「はい! ありがとうございます!!」 エステルの満弁の笑みに、クレアは少し苦笑しながらも、 短くなった煙草の火を消す。 そして、焼き立てのチョコチップクッキーを口に運んだのだった。
アベルは今まで溜まっていたものを吐き出すかのように、クレアへ言葉をぶつけた。
「ええ。けど、皇帝陛下であるエステルがそれを望んでいるのであれば、それを叶えるのも、 「そりゃ、そうかもしれないが……」
言葉とは裏腹に、不安そうに俯くクレアに、 アベルは思わずため息をついてしまう。 そして、何か詫びるかのように、彼女の頭に手を置いた。
「え?」 「俺なんかより、お前の方が責任を感じてるはずなのに、きついこと言って悪かった」
それは、クレアもすぐに分かっていた。
国のために力を尽くす。 そして皇帝陛下の指示に忠実に従う。 それがたとえ、昔からの知り合いであるエステルであろうと、 変わることなどない行動だ。
1番太刀が悪く、1番厄介な癖である。
「アベル……」 ゆっくりと手が離れ、クレアはゆっくりとアベルの横顔を見つめる。 それはどこか不安そうで、でも頼もしく見えた。
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ついに皇帝エステルの登場です。
そしてこの3人は、ここでも仲良しです。
私がそうしたかったので(笑)。
この話が浮かんだ時点で、今回の話の流れはすでに出来上がっていました。
しかし、文章にするのに時間がかかりすぎました(汗)。
くそう、時間と余裕さえあれば、もっと早く終わったのに……!!
でも、最後にラブラブが賭けたので、ちょっと満足している紫月なのでした(え)。
(ブラウザバック推奨)