ステージが終わったあと、イシュトー姉妹が呼ばれた場所は、

 ウェステルの中で頂点に君臨する者のところであった。




「噂通りの素晴らしいステージでした、お2人とも」

「恐縮です、スフォルツァ中将」




 カテリーナの顔を見るなり、キリエとリエルはその場に膝まつき、

 深く頭を下げている。

 その光景を、アベルとクレア、トランディスは少し離れた位置で見守っていた。




「2人とも、顔をお挙げなさい。――ああ、そうそう。2人に何か飲み物を」

「私達のことはお気になさらず。慣れておりますので」




 キリエの言葉に、クレアは瞬時に嘘だと察知する。

 いつもなら、少し水分を取った後にクレア達の所へ向かうことを知っているからだ。




「分かりました。それでは本題へ入りましょう」




 話を切り替えるかのように足を組み直す。

 そして、早速交渉へと入ろうとする。




「来週執り行われることになっている皇帝陛下の誕生祭のことは、もうすでに知っていますね?」

「はい、存じております」

「それなら話は早いわ。――2人に、陛下の前で同じステージを披露して欲しいのです」




 これで3度目だと言うのに、この瞬間がたまらなく嫌だと感じてしまう。

 そんなクレアを支えるように、アベルがそっと彼女の手を繋いだ。




「アベル?」

「心配することなんてありませんよ、クレアさん」




 そっと微笑む顔は、クレア同様、不安な色を見せていた。

 それでもクレアを励まそうとするアベルの気持ちが痛かった。




「勿論、無理には申しませんし、判断するのは、あくまでもそちらにいるキース大佐です。

大佐は反対しているようだけど、私としては、どうしてもあなた達のステージを陛下に見せたいから、

直接あなた達に交渉しに来たのです」




 カテリーナの説明が終わると、クレアはキリエとリエルに視線を動かす。



 2人の出す答えなど、1つしかない。

 だからこそ、それを阻止しなくてはならない。

 クレアは握っていたアベルの手を強く握り返すと、目を鋭くして、その場を見つめる。




「……中将のお言葉、確かに受け止めました……」




 どこか、震えたように聞こえたのは、クレアだけの気のせいであったであろうか。

ただそう聞こえただけなのであろうか。




「私どもがスフォルツァ中将閣下のお役に立てれば幸いで御座います」

「――駄目よ、キリエ!」




 思わず声を挙げてしまったことに、クレアは何の躊躇いもなかった。




「今、陛下のもとに脅迫状が届けられているの。決して安全じゃないのよ。それを分かって……」

「やけに反対するのですね、キース大佐。もしかして、今回の脅迫状は、

この2人が出しているのではないですか?」

「な……っ! 何てことをおっしゃるのですか、スフォルツァ中将! それじゃ、何ですか? 

私が2人を庇うのは、2人が脅迫状を送ってるのを知っているから、とでもおっしゃいたいのですか!?」

「少し落ち着いた方がいいです、キース大佐」




 クレアの怒りを納めるかのように、トランディスが彼女の肩を軽く叩く。

 そしてスフォルツァ中将の前へ踊り出て、2人の前に頭を下げた。




「中将、大佐が心配なことというのは、この2人の家族についてです」

「家族?」

「はい。ここにいるイシュトー姉妹は、前ウェステル陸軍大佐、ヴァーツラフ・ハヴェル大佐の姪御にあたる者達です。

そういえば……、あとのことは察しがつくと思います」




 トランディスの言葉に、カテリーナは少し黙り、

 だが何かを納得したように、軽く頷く。

 そしてクレアの方を見て、謝罪の言葉を送る。




「理由は分かりました。あなたを疑ってしまいましたね、キース大佐。しかし――」




 まだ言葉の続きがあることに、クレアは思わず顔をしかめる。

 きっと今、この顔を鏡で見たら、自分でも驚くことであろう。




「しかしそれでも、私は2人のステージを陛下にお見せしたいのです。折角陛下が私に

下さったこの機会を、無駄にしたくないのです」

「無駄にしたくないのであれば、わざわざ2人を危険な目にあわせなくてもいいのでは……」

「キース大佐」




 突然の声に、クレアは自分の意見を言うのを止めてしまう。



 視線が、自然とキリエとリエルの方へ向く。

 後ろにいるリエルは、どこか震えているようにも見える。




「キース大佐のお言葉はすごく嬉しいです。けれど大佐に、ご迷惑もかけたくないです」

「リエル……」




 人見知りが激しいせいもあるのか、リエルの声は不安定なものだった。

 だがそれでも、クレアにはリエルの気持ちが痛いほど伝わってきた。




「スフォルツァ中将、私は、皇帝区へ行きます。キリエもでしょ?」

「ええ、勿論。2人で一緒に、誕生祭へ参加致します」

「ありがとう、2人とも。――聞きましたか、キース大佐? これで、私の意見も受け入れやすく

なったはずです」




 満足したような笑顔を見せ、カテリーナはゆっくりとその場に立ち上がる。

 そして共に来た軍人達と共に、扉へ向かって歩き始めた。




「ワイン、美味しかったわ、ルシア。今度はまたゆっくり来ます」

「恐縮です、中将。道中お気をつけて」

「ありがとう。――ああ、そうそう。カイン元大佐によろしく伝えておいて下さいね」

「畏まりました」




 扉に向かったルシアに、カテリーナは礼を言うと、

 ルシアは頭を下げて、彼女達を送った。

 そして扉が閉まるなり聞こえたガラスの音に、すぐさま反応した。




「クレアさん、落ち着いて――」

「落ち着けるわけないでしょう!? こんなやり方、卑怯すぎるわよ!!」

「卑怯なのは分かってるが、相手の出方を把握しておきながら、対策をちゃんと練らなかったお前にも

問題があるだろう」

「そうだけど……!」

「とりあえず、落ち着きなさい、クレア。キリエ、リエル。あなた達は今日は部屋に戻りなさい。

――クレアも、その方がいいでしょう?」




 冷静に指示を送るルシアに、キリエもリエルも逆らうことなく頷き、

 カウンターの横にある階段へ向かって走り出す。

 2人の姿が見えなくなったのを確信すると、ルシアはカウンターに座るクレアに、

 冷たい水を差し出した。




「……私は2人を誕生祭へ参加させるの、賛成よ」




 差し出しながらも、さらにクレアの心へ水を差すような発言が出て、

 クレアは思わずルシアを鋭く睨みつけてしまう。




「そんな顔しても無駄よ、クレア。あの子達にはね、少しでも社会勉強をさせた方がいいの。

それに、ずっとここへ閉じ込めておくのも可愛そうだもの」

「だったら、別にこの機会を使わなくてもいいじゃない」

「あら、この機会を失ったら、今度はいつになるって言うの? あの子達は、そう簡単に許可書が下りない立場。

今回を逃したら、いつ外に出れるのか、分からないのよ」




 ウェステルとイスターシュの間に生まれたキリエとリエル。

 皇帝区へ行く許可書が下りるかどうかと聞かれて、

 出来るとはすぐに答えられないことぐらい、クレアにもよく分かっている。

 これが、絶好のチャンスなのだ。




「俺もルシアの意見に賛成だ。それに、陛下には同じ年頃の知り合いがないからな。親しみが持って、

逆にいい効果だと思うぜ」

「トランディスさんの意見も分かりますが、クレアさんは2人の身の心配を……」

「分かってる。だから、交換条件を出せばいいんだ」

「交換条件?」




 トランディスの言葉に、クレアは一瞬、顔をしかめる。

 だがその内容は、誰もが納得いくようなもので、思わず大きく頷いてしまうほどだ。




「手配はクレアがしてくれればいい。それ相当に合う相手を選んで欲しい」

「それは構わないけど、それでも不安要素はあるわ」

「立入れる範囲が決められていたら、こちらとしても困りますしね」

「その辺は、何とか交渉すれば問題ないだろう」




 目の前に置かれているスコッチを一気に飲み干すトランディスが余裕そうに見えて、

 クレアはどこからその余裕が生まれるのかと疑問に思う。




「とにかく、キリエとリエルには皇帝区へ行く準備をさせるわ。クレアは明日、ちゃんと中将に返事する

のよ」

「何で私が、周りに指示されないといけないのよ? 決断を下すのは私よ? 私の意見はどうでもいいってことなの?」

「誰もそんなことは言ってない。――何なら、俺も一緒に行くか?」

「なら、私も一緒に行きます!」

「お前は宿舎に残っていろ。イシュトー姉妹が行くことが決まって、突然客人が現れるかもしれないからな」

「またそうやって、私をのけ者にするんですか!?」

「のけ者だなんて、酷い言い草だな。大丈夫だって。横取りなんてしないから」

「だ〜れが横取りですって〜〜!!!」

「2人とも黙りなさい!!!」




 両サイドで口論(じゃないかもしれないが)になり、 

 クレアは両手をカウンターに叩きつけながら、勢いよく立ち上がる。

 そして水を一気に飲み干すと、そのまま席を立った。




「先に戻って、頭冷やして来るわ。アベル、明日の朝は来なくていいから」




 それだけ言い残し、クレアは店を後にする。

 その姿を見つめながら、残されたアベルとトランディスは、

 思わずルシアの方を見つめる。




「あなた達2人がいけないのよ。ちゃんと謝りなさい」

「俺は何もしてない。ナイトロードが反論するからいけないのだろう」

「私のせいにするんですか!? それにルシアさんだって、クレアさんに無理やり了解させるようなことを

言ったじゃないですか」

「だって、もうこれは決定事項なんですもの。さっさと決断してもらわないと、こっちの身が持たないわ」

「そんな、無責任なことを……」

「まあ、とりあえず明日、クレアを連れて中将のところへ行くから、お前は宿舎でオロシーニが来るのを待ってろ」

「どうせ私は、いつも留守番……って、どうしてそこにオロシーニ大佐が出てくるのですか?」

「それは、明日になれば分かる」






 何かを企んでいるかのような笑顔を見せるトランディスに、

 アベルはただ首を傾げるだけで、

 ルシアは上にいる2人のことを心配しながらも、トランディスにスコッチを差し出したのだった。



















別名「クレアvsカテリーナ、トランディス途中参加、ルシア追い込み」です(何だよ、それ)。

イシュトー姉妹は断るのが苦手なような気がします。
なので、無理してまで受けてしまうイメージがあります。
なぜだろう? なぜかしら?

そしてクレアがかなりお怒りですが、軍パロのクレアはキレやすいので、扱いにくいです(汗)。
正義感が強すぎるのもどうだか……。





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