AM8:30。 いつもより遅い時間に、クレアは眠気に魘されながら目を覚ました。 前日、いつもより早く寝ようとしたのだが、 父であるシェインに散々振り回されたため、ゆっくり眠れなかったのだ。
大きく伸びをして、首を左右に回す。 近頃キリエにマッサージしてもらっているからか、首の動きがかなりスムーズだ。
太陽の日差しが部屋の中へ差し込み、思わず目を掠めてしまう。 今日も雲1つない、最高の天気のようだ。
黒のジーパンと白地で黒の十字架が袖に施されているニットを取り出す。 パジャマを脱ぎ捨て、それらに袖を通すと、 ヘアドレッサーの前へ腰を下ろした。
休日になると、決まって髪を上で1つにまとめて縛っていた。 それは、彼女なりのオンとオフの切り替え方でもあった。
少しごつめに作られているため、休日にしかつけることが出来ないものだった。 そしてクレアにとっては、大事なものでもあった。
そして軽く化粧をして、部屋を出て行く。 この時点で、クレアの顔から眠気はすでに飛んでいた。
すでに父であるシェインが朝食を取っているところだった。 クレアと違って、彼は人一倍の早起きなのだ。
「どこの誰のせいで眠れなかったと言うのよ」
用意されたコーヒーを口に注ぐと、思わず息が漏れる。
「休みの日ぐらい、ゆっくり寝たいわよ。それに、アベルだって遅くまで辛かったでしょうに」 「彼は君と一緒にいれて、嬉しそうに見えたけど、違うと言うのか?」 「……さあ、どうでしょうねえ……」
クレアの父だからというのもあるが、彼の両親のことを良く知っている人物なだけに、 変に抵抗出来ないのだ。
ごめんなさいね。帰ってくる度にこれじゃ、あなたもゆっくり休めないわね」 「おはよう、母さん。大丈夫、大分慣れたから」
そんなクレアの前に、ステイジアは焼きたてのオムレツを置いた。
それでもステイジアは、しっかりと食事の支度をしてくれる。 この母の温かさに、クレアも何度も慰められていた。
「AM9:30ぐらい。でも彼のことだから、もっと早く来るんじゃないかしら」 「そう。それじゃ、彼の分の朝食も作らなくてはいけないわね」 「そこまで気を使う必要はないだろう。第一、彼だって、家で朝食ぐらい食べてくるだろうに」
いざ恋人同士になると、どうもアベルのことがあまり好きではないようで、 彼のことになると機嫌が悪くなるのが良く分かる。
ことは目に見えているわ。目的のものがあるからね」 「はいはい。ちゃんと用意しておくわ」
3人は揃って、よくこのダイニングテーブルに座り、朝食を取っていた。 その時に登場したステイジアのオムレツが、3人とも大好きだった。 もちろん今でも、アベルはそのためだけに朝食を抜いて来るほどだ。 もしその場にカインもいたら、彼も同じ理由でここに来るであろう。
どうやら、噂の人物が姿を現したらしい。
「ありがとう」
たとえメイドなどがいたとしても、家の者が出迎えるのが、ここの仕来りになっていた。
そこには黒のパンツにジャケットを羽織り、髪を下ろしているアベルの姿があった。
「おはようございます、ステイジア様。ええ、何とか眠れました」
幼い頃から知っているからか、アベルは仮面を被ることなく彼女に接していく。
……ああ、シェインのことは気にしないで。いつものことだから」 「すみません、毎回毎回、ご迷惑をおかけして」 「私はあなたが、クレアの側にいてくれるだけで十分嬉しいわよ」
この母にこの娘あり、という言葉がぴったりなほどだ。
それにすぐ反応したのはクレアだった。
「おはよう、クレア。癖っていうのは、そう簡単に治りそうもなくてな」 「癖になってしまったとなると、かなり重傷だな」 「……おはようございます、シェイン様」 「おはよう」
メイドによって注がれたコーヒーを口に運び、とりあえず落ち着こうとする。
「いつもと同じかな? あ、ルシアがお店用のワインを買ってきて欲しいって言ってたわ」 「ルシアのことだから、拘りがあるんだろう」 「当然。店まで指定されたわ」
次から次に出てくる話に、クレアもアベルも感心するばかりだ。 だが料理が出来ない。
「皇帝誕生祭が近いしな。いろいろ調整しないといけないし」 「今年も平穏に終わればいいんだけどね」 「さて、それはどうだかね……」
仲良く喋る2人に対して、嫌がらせでもしようとしているのであろうか。
「その理由とは?」 「近頃陛下宛に嫌がらせの手紙が送られているようでね。すごく手が込んでいて、新聞の文字を 1つずつ切り取って、それを貼り付けてといった、いかにも原始的なものだそうだ」 「それはいつからです?」 「2週間ほど前かららしい。ウィリアムから聞いた情報だから確かなはずだ」
皇帝区情報将校であり、トランディスの師匠でもある人物だ。 そうなると、クレアもうかつに反抗しにくくなる。
クレアもアベルも思わず安堵のため息を漏らした。
「休みの日ぐらい、仕事のことを考えさせたくないだけよ。それとも何? あなたはクレアの 安らぎの場所をなくすおつもりで?」 「わ、私は別に、そんな意味で言ったんじゃ……」 「私にはそう聞こえたわ」
そのまま黙ってコーヒーを啜った。 その様子にかすかに笑いながらも、クレアはトーストを口に運ぶ。 アベルの前にもオムレツが無事に届き、それを頬張っている。
きっと気持ちいいわよ」 「ありがとう、母さん。そうするわ。アベルも、ゆっくりしたいものね」 「どうせまた、荷物持ちされるんだ。いい休憩になる」
クレアとステイジアが思わず笑ってしまう。 そんな彼らを、シェインが少しつまらなそうに眺めていたのだった。
買ったものはすべてアベルに託し、クレアは小さなリュックを肩にかけ、店を梯子する。 ルシアに頼まれたワインを始め、 クレア御用達のウィスキーにコーヒー豆、そして私服。 いつの間にか、アベルの手にはたくさんの紙袋が抱えられていた。
「コーヒー豆もウィスキーも、私にとっては必需品なの。それに、ウィスキーはレオン達への お土産にもなるし」 「それは分かる。だが、服まで買う必要はないんじゃないか? ウェステルで着ることなんて ないのに」 「休日用の服が欲しいからに決まっているでしょう? 毎回同じ服を着るだなんて、私、嫌よ」
それでもクレアは、普段着を買い込んでいた。 オンとオフの違いをちゃんと出したいからというのと、 アベルとの休日を、もっとリラックスした格好で過ごしたいからだ。 それを知らないアベルにとって、クレアの行動が少し疑問に思っていたのだ。
「ないわよ」 「本当か?」 「本当よ。私がここで中佐をやっていた時から、服はたくさん持っていたし」 「その頃から、俺は荷物持ちだったしな」 「私が持とうとしたら、率先して持ってくれたのはあなたじゃない」 「それとこれとは違う」
今に始まった話ではないため、もう半ば諦めてはいるが、 どこまで体力が持つのだろうかと、いささか不安になる。 「もうギブアップなのか、ナイトロード?」
彼女よりも低い声で、男性のものなのは確かだ。 しかも声は、横のテラスから聞こえてきたような気がする。
「「……トランディス(さん)!!」」
特にアベルは、今までの自分の言動が聞かれてないかと思うと不安になる。
「師匠と待ち合わせ中だ」 「師匠? ……ああ、ワーズワース情報将校ね」
いかにも彼らしいと言えば彼らしい待ち合わせ場所である。
「まさか。全部、クレアさんのですよ」 「だよな。金欠で有名なお前が、こんなに買い込めるわけがないしな」 「そうですよ。毎月、財布が底抜け状態になっている私に……って、私、そこまで金欠じゃ ありません!!」
だがクレアがウェステルに配属され、彼の金銭関係をしっかり管理するようになってから、 少しだが、地道に(クレアが)貯金をするようになっていた。 「セイレーネス」での会計もクレアがするのだが、彼の分はしっかりと給料から抜いている(え)。
「写真ですか!? いいわけないじゃないですか! あ、まさかそれを高額で売ってばら撒こうとか 考えてないでしょうね!」 「野郎の写真をばら撒いて何が楽しい? まあ、ガルシアとかに見せて笑いの対象にさせるのには 持って来いかもしれないな」 「うわー! それだけは勘弁して下さいー!!」
クレアの脳裏に一瞬、そんなことが横切った。 だがとりあえず見守ることにし、こっそりテラスに入って、コーヒーを注文していた。
そして遠目でアベルを見つめると、相手がそれに気づいたのか、一瞬わざとらしく睨みつけていた。 が、クレアはそれを、まるで応援でもするかのように手を振って返した。
アベルへ紳士らしくお辞儀をするウィリアムの姿が見えた。 クレアは彼に気づかれないように頭を下げながらも、様子をうかがうように見つめている。 トランディスがその場に立ち上がり、ウィリアムと共にその場を離れていくが、 その時、一瞬トランディスがクレアの方を見て怪しく笑ったように見えて、 クレアは思わず火をつけた煙でむせそうになった。
「た、多分……。よかったわね、アベル。トランディスにからかってもらえて」 「ちっともよくない」
ウェイトレスに紅茶を注文すると、トランディスが座っていた方を見つめながら、 クレアにポツリと呟く。
「まさか。いくら何でも、そこまで情報通なわけないじゃない」 「だが彼のことだ。店員の1人や2人、顔馴染みがいるだろう」
ウェステルはもちろん、皇帝区でもイスターシュでも、 彼のことを知らない人物はいないほどだ。 ともなれば、クレアやアベル、そして他の軍関係者の行動まで、把握していても可笑しくない。 それを思うと、うかつに街を徘徊出来なくなってしまう。
「だな。今日は折角の休日だ。休める時に休んでおかなきゃ、体力が持たない」
クレアはコーヒーを口に運んだのだった。 |
休暇の大半は皇帝区で過ごすアベルとクレア。
そしてクレアの父シェインさんと母ステイジアさんが登場しました。
ちなみに、本編でのクレアの父の名は違うのであしからず。
それより、トランディス、私は君の情報網の広さを知りたいよ(え)。
こうなると、本当に下手な真似は出来ません。
噂が彼を経由して、国中に広まる可能性もあるわけですからね。
頑張れ、2人とも(え)。
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