久々に歩く外は、眩しいほど太陽が輝いていた。

 思わず、目を掠めてしまいそうだ。

 

 

「お元気ですか、大佐!」

「大佐、謹慎なさっていたって本当ですか? 皆、心配したのですよ?」

「よかったらこれ、復帰祝いに持っていって下さい」

 

 

 街を歩けば、市民達が気軽に声をかけてくれる。

 この光景が今に始まったことではないのだが、

 毎回のことながら、嬉しくて思わず笑顔になってしまう。

 

 

「私のことなどお気になさらず。大事な食料ですから、皆さんのために利用してください」

 

 

 たくさんの野菜を渡そうとする市民を優しく断り、再び街を歩く。

 皇帝区とはまた違う素朴感が、クレアは大好きだった。

 

 そんなクレアのもとへ、何かが飛んでくるのを察知し、

 彼女は右手を大きく広げて、瞬時にそれを掴む。

 ゆっくりと広げてみれば、大きな赤い果物が姿を現す。

 

 

「大佐! 今年のリンゴは実に甘くて美味しいですぜ!」

「ありがとうございます。おいくらですか?」

「そんな、お金なんていりませんよ。大佐がして下さっていることだけで十分です」

 

 

 満弁の笑みを浮かべる市民の顔に、クレアもお礼を言うように笑みを送る。

 一口齧れば、甘いリンゴの果肉が口の中に広がっていく。

 彼の言った通り、甘くてよく熟れている。

 

 歩きながらも1つ平らげてしまうと、近くにあるゴミ箱にヘタを捨てる。

 その間にも、たくさんの市民に声をかけられ、1人1人丁寧に答えている。

 

 そんなことをしている彼女を、後方で見つめている者がいるとも知らずに。

 

 

「相変わらず人気者ですね、クレア」

 

 

 「大佐」と呼ぶ市民達の声に紛れて、実の名前を言われ、

 クレアは慌てて振り返る。

 だがその顔を見た瞬間、彼女の顔には笑みが毀れた。

 

 

 

「大佐……、ヴァーツラフ・ハヴェル大佐!」

「お久しぶりですね、クレア。よかったら一緒に、お茶でもしませんか?」

 

 

 

 

「あなたの噂は聞いてますよ。市民達によく慕われているようですね」

「いえ、大佐に比べたら、私なんてまだまだです」

 

 

 ヴァーツラフ・ハヴェル。

 元ウェステル陸軍大佐にして、「セイレーネス」にいるキリエとリエルの伯父であり、

 クレアが尊敬して止まない人物である。

 今はウェステルの外れで静かに生活しているようで、

一度挨拶にいかなくてはと思っていたのだが、

 予想以上の忙しさに、それも未だならぬ状態になってしまっていた。

 

 

「本来ならすぐに挨拶に行きたかったのですが、なかなか時間が取れずにいて、

申し訳御座いませんでした、ハヴェル大佐」

「その、『ハヴェル大佐』は止めて下さい。私はもう退役しているのですから」

「あ、そうでしたわね……ヴァーツラフ」

 

 

 尊敬している人を呼び捨てで呼ぶのはどうかとも思ったのだが、

 相手がそれを望んでいることが分かっていたため、

 クレアは少し遠慮しながらそう呼ぶ。

 そんなクレアを、ヴァーツラフは微笑ましく見つめていた。

 

 

「ウェステルの生活はどうですか? 皇帝区からでは、ここが少し不便に感じませんか?」

「いいえ、全然。むしろ、居心地がよくて戻りたくないぐらいです」

「うまい返事をするようになりましたね、クレア」

「ヴァーツラフに褒めて頂くと、何だかとても嬉しいですわ」

 

 

 許可を貰い、ジャケットのポケットから煙草を取り出す。

 昔だったら、こうやって煙草を吸うことすら遠慮したかもしれないが、

 彼のことだから、それすらすぐに見抜いてしまっていたことであろう。

 

 

「そう言えば、『セイレーネス』に通っているようですね。ルシアから伺いました」

「ええ、まあ。……彼女、よけいなこと、話してないですよね?」

「いいえ。私の姪達のステージをよく観覧しにくださる、いいお客様だとおっしゃってました」

「どこまで本心なんだか……」

 

 

 きっと、満弁の笑みを浮かべながら話したに違いないと思いながら、

 クレアは白煙を天井に向かって吐く。

 ルシアの笑みが、ある意味1番怖いと感じてしまうのは気のせいだろうか。

 

 

「2人とも、あなたにすっかり懐いているようですね」

「キリエは姉だからなのか、しっかりしていてる子だけど、人一倍心配性だし、

リエルは甘えん坊さんだけど、しっかりしているところもあるし。2人とも、

見かけと性格が逆で面白いですわ」

「キリエはあなたのことを尊敬している面が見られるとおっしゃってました。

確かに、私もそれには一理あると思いましたし」

「私なんて、尊敬の地位に達しておりません。それに――」

「『当たり前のことを当たり前にやっているだけ』――ですね?」

「……完璧に読まれてましたわね」

 

 

 ヴァーツラフはアベルの次ぐらいに隠し事が出来ない人物であることは、

 当の昔から知っていることだった。

 だが久々に当てられると、思わず苦笑してしまう。

 

 

「クレアの昔からの口癖ですからね。今でもよく覚えていますよ」

「覚えてて下さって、ありがとうございます……って、お礼言うのも可笑しいのですが」

「そうですね。……おや?」

「どうかしたしましたか? ……あ」

 

 

 窓ガラスへ視線を向けたヴァーツラフが、何かを発見したかのように声を上げる。

 クレアもそれを追いかけるように見つめると、

 一緒になって声を上げる。

 

 

「タイミングがいいですね」

「本当に。買出しに借り出されてるのでしょうか?」

「かもしれませんね」

 

 

 カフェの向かい側にあるベーカリーに、キリエとリエルがメモを手に買出しをしている。

 それがたまたま、ヴァーツラフの目に止まったらしい。

 声をかけたいのも山々だが、買出しが終わってからでも遅くはないので、

 ここはしばらく2人の影を追いかけるだけにする。

 

 ステージとはまた違う雰囲気な2人を見つめるクレアは、まるで妹を見守る姉のように感じられ、

 ヴァーツラフは彼女に分からないようにくすりと笑う。

 しかしそれは、どこか安心しているようにも見える。

 

 

「……2人には、本当に淋しい想いをさせてしまいました」

 

 

 2人の姿を見つめながら、ヴァーツラフがポツリと呟き、

 クレアは我に返ったように彼の顔を見る。

 

 

「幼い頃に両親が死んで、私が預かったのですが、軍に所属していた身ですから、

面倒を見ることも出来ないでいました。一旦、施設に預けることも考えたのですが、

2人ともそれを頑固に断りましてね。大きくなって、15歳を過ぎた頃に、『セイレーネス』へ

勤めると言った時には反対しましたが、ステージで歌って踊る姿が生き生きしていて……。

彼女達の選択は正しかったってことを、しみじみ感じた瞬間でした」

「ヴァーツラフ……」

 

 

 まるで、娘を自慢するようにも見える彼の顔が、

 クレアは微笑ましく見えて、いつの間にか笑みを零していた。

 

 

「……貴方が羨ましいですわ、ヴァーツラフ」

 

 

 煙草の火を消して、コーヒーを口に運ぶ。

 どこか爽やかな、でもしっかりと香ばしい味が舌を包み込む。

 

 

「あんな素晴らしい姪御さんが2人もいるんですもの。鼻が高いんじゃありませんこと?」

「それは当然です。……そう言えば、クレアは1人っ子でしたね?」

「ええ。父が普段から忙しい方でしたから、それ以上下に作るのが難しかったのかと思います」

「シェイン様は机上に振舞いながら、いつも貴方やステイジアのことを心配してらっしゃってました。

中佐時代のいい思い出です」

「今でも心配性で、少々困ってますわ」

 

 

 シェインは退役してから、シェインの妻でありクレアの母であるステイジアと共に、

 皇帝区の屋敷に暮らしていた。

 クレアが里帰りすると異状なほどの喜び様に、何度も苦笑した覚えがある。

 

 

「……でも、だからなのか、キリエとリエルと一緒にいると、嬉しくなるんです。ほら、

自分よりも年下な人って、恐らく陛下だけだったと思いますし」

「今の大佐以下核は、ほぼ同期で、年齢が近いですしね」

「ええ。それが理由なのか分からないのですが……、何かこう、無茶なことするのを見ると、

放っておけなくなるんです。つい余計なお節介を焼いてしまう」

「でも、それが彼女達にとっても嬉しいようですよ」

「そうでしょうか」

 

 

 ふと再び外を見ると、ちょうど店を出たキリエとリエルが自分達の存在に気づいたのか、

 慌ていたように道を渡って、こちらに向かっている。

 ヴァーツラフも気がついたようで、2人に向かって手を挙げている。

 

 

「彼女達にも、姉と呼ばれる存在がいません。ルシアがそれに属するんじゃないかって

言うかもしれませんが、彼女は寧ろ、店主としての立場がありますからね。

ちょっと違うような気がしますし。ですから……」

 

 

 買ったものを落とさないように小走りしてくる姿を見てから、

 ヴァーツラフはクレアの方へ視線を動かした。

 

 

「ですから2人を、これからも実の『姉』のように、見守っていて下さいね、クレア」

「……了解いたしました、ヴァーツラフ」

 

 

 

 

 

「伯父様! クレアさんも一緒に!」

「こんにちは、伯父様、クレアさん。クレアさん、謹慎、解かれたんですね。よかった」

「ええ、やっとね。これでまた、『セイレーネス』へ通えるわ」

「ありがとうございます、クレアさん。伯父様も、たまには顔出して下さいね! 

待ってますから」

「ありがとう、リエル。ああ、2人とも立ってないで座りなさい。今日は私の奢りです。

好きなのを注文しなさい。勿論、あなたもですよ、クレア」

「そんな、私は大丈夫です。ここでみんなで話しているのが、1番のご馳走ですから」

「相変わらず上手な言い回しですね。2人とも、こういうところを見習うといいですよ」

「はい」

「参考になるか分からないけどね」

 

 

 

 静かな午後のひと時を堪能するように、会話は尽きることなく続いたのだった。

 

 

 

 











この話に関わらず、ヴァーツラフは絶対にイシュトー姉妹の肉親であって欲しいと思ってました。
そのこともあり、今回は伯父と姪、という形にしてみました。

ヴァーツラフとクレアの会話は好きです。
そして不思議と書きやすいです。
今度書くときは、是非「セイレーネス」に来店した時のを書きたいです。
すんごく和みそうだなあ……(想像中)





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