先ほどのカフェから15分ぐらい離れた場所に、

 皇帝区きっての軍事学校「リフレクト」がある。



 入隊希望者は、早くて16歳からこの学校で学ぶことが許されており、

 年間数十万人を世に出している。

 卒業試験に合格した者の全てのデータが皇帝に送られ、

 彼女が中心となって、1人1人の性格などを確認した上で配属を決めている。

 勿論、昇進などの判定も皇帝が決断している。



 「リフレクト」は過去に多くの軍人を輩出しており、

 ウェステル陸軍の半数以上はここ出身だと言われている。

 その中には大佐であるクレアやアベルといった上位陣も顔を揃え、

 ここにいるトランディスもまた、ここの卒業生だった。



 見慣れたグランドを通り過ぎると、ある1つの敷地に足を踏み入れる。

 そこから響く剣の音を耳にしながら、

 トランディスは敷地内の隅に佇む1人の少女のもとへと足を進めた。




「どいつもこいつも、まだへっぴり腰だな」




 声をかけるように発した言葉に、少女はすぐに気づく。

 一瞬驚いた様子だったが、誰なのかすぐに把握したからなのか、自然と笑顔が毀れる。




「彼らは今年入ってきたばっかなんだ。これでも、成長した方なんだけどな」

「そうか? 情けなくて、幸先心配だ」




 少女の横に立ち、懐に閉まっていたパイプを取り出した。

 この場所が特に禁煙になっていないということを知っているからこそ出来る行為だ。




「ウィリアムは?」

「陛下のところへ行った。一緒に行くかって誘われたけど、この前を通ったらお前の顔が浮かんでな」

「ナンパしても無駄だよ。ボクはそんなに軽くないからね」

「誰も誘わないって」




 苦笑しながらも、会話を楽しんでいるかのように、声は弾んでいる。

 それが分かってか、少女も満弁の笑みを浮かべながら、

 目の前で剣を振るう生徒達を見つめていた。




「……例の脅迫状のことは知ってる?」

「俺を誰だと思っている?」

「それもそうだね」




 会話をしながらも、的確に生徒に指示を送るこの少女に、

 トランディスは思わず感心してしまう。

 相変わらず、頭が上がらなくなりそうだ。




「よくもまあ、あんなチマチマした作業が出来ると思うよ。そんなことをしている暇があったら、

もっと他のことに時間を費やせばいいのに」

「だからって、ワープロで文章を書こうとも思わなかったんだろうな。ま、何となく分かるような

気がするが」




 少女が何かに気づいたかのように、トランディスの顔を横目で見つめる。

 それは、何かが喉に引っかかったかのように、首を貸しているようにも見える。




「何か知ってるの?」

「細かなところまでは何とも。そのあたりは、師匠に任せている。俺の役目は、ウェステル領主で

あるスフォルツァ中将の監視をすること。それだけだ」

「イスターシュの方はどうなってるの?」

「ソコウォースキーがメディチ大将の秘書的役割も果たしているようだから、彼女に頼むことにするそうだ。

オロシーニに依頼してもいいのだろうが、すぐにばれそうだからな」

「言えてる」




 授業終了を知らせるチャイムが鳴り、生徒達がセスに向かって一礼する。

 そして自分達の身支度を整え、敷地の外へと飛び出していく。

 女生徒の数人がトランディスの顔を見て、かすかに黄色い歓声を送っているようで、

 当の本人は思わず苦笑してしまった。




「人気者だね、トランディス」

「俺は何もしてないぞ」

「存在感がある証拠だよ。ま、キミの場合は昔からだけど」

「その話はするな、セス。もう俺はガキじゃないんだから」

「どうかな。相変わらず、アベル兄さんをからかって遊んでいるようじゃないか」

「すぐに引っかかる相手がいけないんだ」




 少女――セス・ナイトロードの脳裏に、トランディスに弄られる兄の姿を想像する。

 それが受けたのか、かすかに笑ってから、扉へ向かって足を進めた。

 それを追いかけるように、トランディスが白煙を吐きながら追いかけていく。



 外は眩しいほどの太陽が光り輝いていて、思わず目を顰めてしまう。

 この中で昼寝をしたらどんなに気持ちいいだろうと思ったのだが、

 これではクレアと一緒になってしまうと思い、脳内の奥へとしまい込んだ。




「ここを卒業して、どれぐらいになるのかい?」

「そんなこと、とっくに忘れた」

「キミらしい答えだね」

「覚えてたって、いいことなんて何もないから忘れただけだ」




 グランドに設置されているベンチに腰掛けたセスの横に、

 トランディスも当たり前のように座る。

 目の前では、生徒達が自主トレに励んでいる。




「『いいことなんて何もない』、か。でも、今ならいい思い出なんじゃないの?」

「あんなの、思い出なんかになるか。……だが昔のことを思うと、よくここまで真面目に生きられたよな」

「まだ真面目っぽく見えないけどね」

「悪かったな」




 わざとらしく目を細めるトランディスに、セスは思わず笑ってしまう。

 そんなセスに、トランディスは苦笑し、再びパイプを加えた。




「まあ、せいぜい頑張ってよ。ボクもボクで、頑張るからさ」

「言われなくてもそうする。……なあ、お前は式典に参加するのか?」

「一応、招待状を貰っているからね。卒業生達の働きぶりも見たいし」

「監視役みたいだな」

「親心って言ってよ。……さて、と」




 ジャンプをするようにその場に立ち上がり、

セスはトランディスの視界から外れるようにベンチの反対側へ移動する。

どうやら、次の授業へ行かなくてはならないようだ。




「今日の予定はどうなってるの?」

「師匠と別のところで待ち合わせしているから、そこで打ち合って情報交換だな。夜はきっと、

いつものところで飲んでるさ」

「それじゃ、あとから顔出すよ。ボクが来る前に、出来上がるのは禁止だからね」

「俺がそう簡単に酔うようなヤツじゃないことを知っているのはお前だろう」

「念には念を、だよ」




 チャイムの音にあわせるかのように駆け出すセスの姿を想像しながら、

 トランディスは苦笑しながらその場に立ち上がる。

 そして誰にも聞こえないぐらいの声で、ポツリと呟いた。






「いい思い出……、か。ま、滅茶苦茶悪い思い出じゃないけどな」


























セスとトランディスは、こんな感じの関係です。
彼女はこれからも出す予定でいますが、いつになるかは未定です(汗)。
いつかは書きたいなと思いますけどね。

ちなみにセスは、クレアとは幼馴染みではありません。
彼女の幼馴染みは、あくまでもカインとアベルだけですので。
セスは隣国へ留学とかしているから、というのが1番の理由ですがね。
それなりに仲はいいけど、カインとアベルほどじゃありません。
でも少なからず、本編よりも仲はいいはずです。いや、いいです(汗)。






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