「近頃アベルとどうなの?」




 ウィスキーのボトルが半分ぐらいなくなったころ。

 突然のルシアの言葉に、クレアは煙草の火をつける手を止めた。




「どうなのって、何が?」

「私が言いたいことなんて、1つしかないじゃない」




 ルシアが言いたいことなど、もうとっくに分かっていた。

 だからこそ、わざとはぐらかしたのだ。




「ねえ、どうなのよ?」

「どうなのって?」

「分かっているのに、素直に言わない人ね」

「私が素直に『はい、こうですよ』という人だと思う?」




 背後から、飲み物の追加の声があがり、ルシアはその準備をする。

 その間に、クレアは止めていた手を動かし、煙草へ火をつけた。



 煙が天井に上がっていくのを見つめながら、脳裏に浮かんで来るもの。

 そして思わず、その記憶を払いのけるように首を左右に振った。




「何やっているの、クレア?」

「ああ、ううん、何でもないわ」




 ルシアが戻って来たのが分かり、慌てて我に返る。

 彼女に気づかれてしまったら、怪しまれるに決まっている。




「近頃、腰痛が酷いのよ」

「何か、重いものでも持ったの?」

「そういうことじゃないわよ。それに、瓶とかの重いものは業者に頼んでいるもの」

「確かに。で、どうして腰痛に?」

「分かっているくせに、言わない人なのね」

「分かっているからこそ、言わないのよ」




 呆れながら、何杯目かになるウィスキーをグラスに注ぐ。

 新しく入れた氷が、かすかに音を立てて割れる。




「その張本人は?」

「上で休んでる。今日は調子がいいとは言っていたけど」

「彼も、いろんな意味で元気ね」

「明日、検診らしいから、大人しくしていると思うわ」

「ならいいけど。……カインには、無理して欲しくないのよ」

「それ、アベルの前で言ったら妬きもちやくわよ」

「もう聞こえている」




 急に聞こえた声に、クレアは慌てて後ろを振り向く。

 そこにいたのは、少々不機嫌な顔をしたアベルの姿だった。




「ルシア! あなた、アベルがいるのを知って……!」

「でも、アベルが来たのは、ほんの数分前よ」

「数分前って、いつから!?」

「『彼も、いろんな意味で元気ね』あたりからだ」

「完璧に聞かれてるじゃない……」




 お手上げ状態でうつ伏せになったクレアを、ルシアが面白そうに笑っている。

 一方アベルは、そのままの表情でクレアの横に座り、前方にあるボトルを指差す。




「こいつをロックで。グラスだけ置いといてくれればいい」

「はいはい、分かったわ。そうカッカしてたら、クレアが可哀想よ」




 苦笑しながら、ルシアは氷が入ったロックグラスをアベルの前に置くと、

 もうじき第1ステージが始まるからということもあり、一旦席を外した。

 別の視点で見れば、気を使ったのかもしれない。




「…………大丈夫か?」

「え?」

「腰、辛いんじゃないのか?」

「そんなこと、いつもなら言わないじゃない」

「スフォルツァ中将との会議中に、ずっと腰を叩いていたら、嫌でも分かる」

「そんなこと、してた?」

「ああ」




 きっと、無意識に手が腰に回っていたのであろう。

 クレアはさっきとは違い、少し心配そうな顔をするアベルに苦笑してしまう。

 もしかしたら、ルシアの前でもそうしていたのかもしれない。




「……ルシアも、余計なお節介なんだから」

「え?」

「いいえ、何でも。……どうやら、ステージまでには間に合ったみたいね」




 扉を指差すと、そこからいくつかの軍服姿の男達が姿を現す。

 その中の数人が、クレアとアベルの姿を発見して近づいてくる。




「何だ、お前ら、もう来てたのか?」

「私は今来たばかりです〜……って、レオンさん、苦じいですー!!




 接近してくるなり、レオンがアベルの首に腕を絡めて締め付ける。

 バタバタと暴れるアベルの姿を、隣にいるクレアが苦笑しながら見つめる。

 その反対側にトランディスが座り、戻って来たルシアに飲み物をオーダーする。




「あら、今日はイスターシュに行ったんじゃなくて?」

「マタイに会う前に戻って来た。あいつに会ったら、生きて戻って来れないしな」

「ちょ、ちょっと、トランディスさん。誰がそこに座っていいって言いました?」

「ガルシアが座るよりもいいだろう」

「そうだぜ、アベル。そこに俺が座るより……って、お前な〜!」




 アベルに絡んでいたレオンが、トランディスの横に座り、

 2人でああだこうだと話し出す。

 それに耳を傾けながら、クレアは右腕を腰に回す。




「クレア、お前、腰でも痛めたのか?」

「え? ……ああ、私、また無意識にやってたのね」




 この言葉に、嘘偽りなどこれっぽっちもない。

 本当彼女は、知らない間に腰を叩いていたのだ。




「大丈夫ですか、クレアさん? あまり酷いようでしたら、お部屋に戻って、寝ていた方が……」

「心配してくれてありがとう、アベル。けど、キリエとリエルのステージを見ないで帰るわけにはいかないわ」

「そう言ってくれると、彼女達も喜ぶわ」




 ルシアはまるで、身内が褒められて喜ぶかのように笑顔を向けると、

 クレアもそれを返し、ウィスキーを口に運ぶ。




「どうせ、腰痛の原因はお前なんだろ、アベル?」

「へっ!? 何で私なんですか!?」

「またとぼけやがって。なあ、トランディス?」

「どうして俺に振るんだよ」




 胡散くさそうに返すトランディスに、クレアは苦笑し、

 レオンにからかわれたアベルは、何故か焦ったように首を左右に振る。

 それを見つめていたルシアが、彼らに聞こえないような声で呟いた。







「腰痛の原因、一度、アベルに問い質してみようかしら?」









 アベルがルシアの質問攻めの犠牲になるのは、これから数日後のことだった。



















最初にちょっと補足を。

ルシアはカインの彼女ということもあり、本当のアベルの姿を知っています。
なので、彼女の前でも俺様になります。
以上。

ナイトロード兄弟は、2人とも最強だと思います。いろんな意味で(笑)。
ルシア、クレア、本当にお疲れ様です。
そして、カインとアベル、もう少し相手の体を大事にしなさい(笑)。

そして次の番外編は、ちょっとこの話と繋がってます。
ごうご期待。





(ブラウザバック推奨)