怒涛の一夜が終わった。

 そして気がついた時には、キリエはベッドに横になっていた。



 大きなカーテンを開けると、朝日が部屋に差し込んできて、

 思わず目を掠めてしまう。



 あれから、クレアはすぐに店を後にしたようで、

 キリエもリエルも、恐る恐る下へ下りていった。

 自分達を庇ったことで、クレアの立場が悪くなったのではないかと不安になったからだ。




『心配するな。あいつは住民想いで、イシュトー姉妹馬鹿なんだ。あいつにとって、当たり前のことをしただけだ』




 トランディスの説得もあり、何とかその不安を断ち切ることは出来た。

 しかしそれでも、クレアのことが心配で仕方なかった。




『心配無用。キース大佐は、卿の意見に賛同する』




 トランディスとアベルが帰ったあと、いつものようにトレスが訪れた。

 彼は遠く離れた位置で、このやり取りを見ていたのだ。



 最初、彼もクレア同様反対をした。

 しかし最終的には、キリエの意見を尊重することで納得してくれた。

 もし何かあれば、すぐに飛んで行くという、心強い言葉ももらった。



 そんな彼は、もう隣にいない。

 キリエが眠ったのを確かめると、すぐに宿舎へ戻るためだ。




「ありがとう、トレス」




 トレスがいたと思われる場所をそっと撫で、キリエはベッドから離れた。

 クローゼットにある服を適当に出して着替えながら、

 皇帝区に着ていく服は、もっとしっかりしたものを調達しないといけないと思う。

 大通りに出れば、ブティックとかも結構あるはずだ。



 1階に下りると誰もいなく、キリエはカウンターの奥にあるキッチンへ向かう。

 パンと野菜、ハムと卵を取り出し、手際よく朝食を作る。

 今日は店が開くまで予定がないので、外で昼食を取るのもいいかもしれない。

 少し多目に材料を出し、サンドイッチを作っていくと、

 バスケットの中に丁寧に入れた。




「キリエ、おはよー。どこか行くの?」




 キッチンに顔を出したリエルの声がして、キリエは彼女に向かって笑顔で答える。




「うん。今日は天気がいいからね。リエルも一緒に行く?」

「ううん。今日は部屋でゆっくりしてる。変に緊張しちゃって」




 突然の訪問客に、人見知りが激しいリエルは体力を消耗してしまったのであろう。

 まだ体が本調子ではないらしい。

 

 

「それじゃ、何か作って置いておく?」

「作る気力はあるから大丈夫だよ。ありがとう。あ、もし覚えていたら、ミマールさんのところでチョコチップ買ってきて」

「分かった。あまり無理しないでよ」

「うん」




 力なく笑顔を見せると、キリエは元気になるように満弁の笑顔で返した。

 そしてバスケットを持って、裏口から出て行ったのだった。

















 執務室が空であることに、アベルはきっと驚くであろう。

 そんなことを思いながら、クレアは煙草の白煙を目で追いかけた。



 初めて来た時は、夕日がとてもきれいだった。

 その夕日をバックに、クレアは少し緊張したキリエと共に、話に花を咲かせていた。




『あの、よかったら、友達になって下さい!!』




 あの時、あの言葉を聞いてから、クレアは彼女を守ろうと思った。

 それはイスターシュとウェステルの間に生まれた子だからとか、

 ヴァーツラフの姪だからとか、ここの住民だからとか、そんな簡単な理由ではなく。



 ただ単純に、あの笑顔を失いたくなかったのだ。




「……私も大人気なかったわね」




 ここまで来たのには理由がある。

 昨日の騒動で、何となく宿舎にいずらかったからだ。

 水筒に温かなコーヒーを入れて、適当に作ったサンドイッチを持って、

 1人、のんびりと空に浮かぶ雲を見つめていた。



 風が一瞬、強く吹き荒れる。

 それが何か、合図でも送っているようで、

 クレアは視線を前方へ戻した。



 そこに立っていたのは、

 クレアの存在に驚いたかのように目を見開いた、金髪の少女の姿だった。




「…………キリエ?」




 声をかけたが、少女はなかなかこちらに来ようとしない。

 いつもならすぐに駆け寄るのに、どこか遠慮しているようにも見える。




「……隣、座る?」




 自分はちゃんと、笑顔で言えたであろうか。

 そんな心配もしながら、クレアはキリエを自分の隣へ招いた。

 キリエも少し躊躇いながらも、クレアの横に座ると、

 クレアは水筒に入っているコーヒーをキリエに奨めた。




「はい、どうぞ。砂糖もミルクも入ってないから、少し苦いかもしれないけど」

「い、いえ、大丈夫です。……ありがとうございます」




 礼を言って受け取り、口へ運ぶ。

 少し苦いが、とても温かく、落ち着く味だ。



 だが、2人の空気は以前沈んでいて、

 どちらが話し掛けるわけでもなく、沈黙が続いていた。



 何を話そうか。

 クレアがそう思った時、ふとキリエが持っているバスケットに目が行った。




「キリエ、それは?」

「ああ、これ、昼食用のサンドイッチを持ってきたんです。天気がいいから、ここで食べようかなって」

「そう……。……なら、邪魔しちゃいけないわね」

「い、いえ! そんなことないです!! むしろ、その……、……いて欲しい、です」




 まるで、クレアと初めてここで打ち合った日のようで、

 キリエは必死になって首を横に振る。

 そんな姿が可愛らしいと思いながらも、昨日のことを考えると無理しているのではないかと感じ、

 思わず苦笑してしまう。




「あの、クレアさん」




 勇気を振り絞ったかのように、キリエはクレアに話し始める。

 鼓動が少しだけ早くなる。

 手が汗ばんでしまいそうだ。



「昨夜のこと、なんですけど……、あの、私、本当に大丈夫です。何かあったら、リエルと2人で乗り切りますし、

クレアさんの迷惑にはなりません。絶対に、絶対に心配かけません」




 キリエの訴えを、クレアはただ黙って聞いているだけで、何も言おうとしない。

 そんなクレアに、キリエは不安になりながら、自分の意見を述べた。



 きっと、また反対されるのであろう。

だが、それは当たり前のこと。

 クレアにとってキリエは、大事な住民の1人で、大事な存在の1人なのだから、

 当然の行動である。




「……あなたに無理はさせないわ」




 しかし、クレアの口から出た言葉は、キリエの予想していた答えではなかった。




「護衛はこちらで用意する。そのように、スフォルツァ中将に交渉してみたらどうだって、トランディスが言うからね。

それも一理あるかなって思ったから、あとで彼と一緒に交渉しに行くわ」

「クレア、さん……?」

「確かに、あなたを危険な目に合わせるのには抵抗があるけど、住民の意思を尊重するのも私も役目。

だから、あなたとリエルに賭けてみようと思ったの」




 キリエに向けた笑顔は、まるで何かが吹っ切れたように眩しく、

 まるで「天使」のように優しかった。




「初めての土地で迷うこともたくさんあると思うけど、私とアベルがついているから心配しないで。けど、1つだけ約束して。

……絶対に無理をしないこと。そして、1人で全部の責任を背負わないこと。何かあったら、

すぐに私かアベルかトランディスに知らせること。いいわね?」

「……はい! ありがとうございます!! 約束します!!」




 ようやく、何かに解放されたかのように、キリエの顔がぱっと晴れる。

 その笑顔を見て、クレアは思わず安堵のため息をついた。




「やっぱり、キリエは笑顔がいいわ」

「え?」

「いいえ、こちらの話。――何だか、お腹空いちゃった。キリエ、よかったら私のサンドイッチも食べて。

あなたほど上手じゃないけどね」

「いえ、そんなことないです! それじゃ、私のも食べて下さい! こちらこそ、お口に合うか分かりませんが」

「キリエの作るものは、どれも美味しいから好きよ。ありがとう」




 2人の間にあった深い溝は、何もなかったかのように塞がり、

 いつもと変わらない笑顔が溢れ出す。

 そして楽しいランチタイムが始まったのだった。









「これでよし、と。交渉のセッティングしないとな」






 それを遠くで見つめていたトランディスもまた、少し安心したかのように、

 2人に背を向けたのだった。



















相棒デスクトップにある画像ファイルが開かなくて、
ビルダーの素材達も開かなかったらどうしようかと思ったので、
臨時で更新と相成りました。
どうやら無事に開いたみたいで、ちょっと安心です。

ぎこちない感じを書くのが、密かいに得意だったりします。
なので、今回は結構書きやすかったです。
そして私も、キリエちゃんの手作りサンドイッチが食べたい(笑)。
クレアのは……、くれるの、お姐さん(え)。

それにしてもトランディス……、
影でコソコソ探るのが好きな人だな(笑)。





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