皇帝区の中心にあり、フィークルスフェイクの象徴でもある、 第30代皇帝エステル・ブランシェの居住地でもある。
毎月恒例ともなる報告会が開かれていた。 今回はそれだけではなく、 来週執り行われる、エステルの誕生祭の打ち合わせも兼ねていた。
参加者の前に置かれているディスプレイに、その脅迫状を表示させる。 新聞で切り抜けられたかのようなバラバラの字体で表記され、 その内容は、誕生祭の中止を促す内容になっていた。
陛下に対して反発を持つ者だと考えられる。よって今回は、いつも以上に警備を増量 させることを推奨したいのだが、どうだろうか」 「ありがとうございます、ワーズワース将校」
皇帝区軍総括大佐であるメアリ・スペンサーだった。 本来なら、彼女の上司であるジェーン・ジュディス・ジョスリン中将が指揮を取るのだが、 テロリストの攻撃がいつ繰り出されるのか分からないため、今回は欠席していた。
う〜む、厄介なことになったものだ」
巨大な体に、目の前のディスプレイが小さく見えてしまう。
「それに関しては、私が説明いたします」
眼鏡に将軍服を身に纏った、ウェステル陸軍少将兼情報将校トランディス・ハザヴェルド。 そう、同席しているクレアもお馴染みの、あのトランディスである。
破れた者だと考えられます。その中の誰かが、テロリスト集団と手を組んで、 今回の惨事を招いたのだと予測されます」
クレアは思わず笑ってしまいそうになる。 堪えるのが大変だ。
王家の血を引いているものですから」 「少しだがな。それに関しては、ソコウォースキー中佐に調査してもらっている。 今回は共に来ているが」
ここに来る前にあるティーラウンジで顔を合わせていた。 クレアにとっても、大事な友人の1人である。
ってことになりますわね。彼に関しては、何か情報はあるのですか?」 「最近になって、たくさんの人を招いては、お食事会などを執り行っているようです。 どれも、政治界でも大御所だと言われている者ばかりです」
その中の、ある1つの名前に、クレアの目が止まった。 「……シェイン・キース? 父も招かれたということでしょうか?」 「いえ、彼は招待を受けたそうですが、丁重に断ったとのことだと、ご本人が申していました」 「なら、いいんですが」 シェインは決して政治家ではない。 単なる退役した元ウェステル陸軍大佐だ。 それでも、昔の彼はヒーロー的存在だったため、こういう場にはよく招待されるらしい。
ような人ではありません。先日だって、スフォルツァ中将とのお食事会も断ったぐらいですし」 「メディチ大将の時も同じだ。それに、某としても、キース元大佐が、今回の惨事の 手助けをしているとは思えん」 「してたら、私が八つ裂きにするわよ」 ピエトロの言葉に、クレアが鋭い突っ込みを入れると、 離れた位置に座っているトランディスが笑った。 それも目撃するなり、クレアが鋭い視線を送ったのだが、どうやら本人は気にしないらしく、 軽く苦笑するだけだった。
「一刻も早い速報を頼むぞ、ワーズワース将校」 「勿論だとも、オロシーニ大佐」
きっと彼のことだ。何かを企んでいるに違いない。 そう言ってしまっても可笑しくないぐらいだ。 「では、デステ卿にかんしては、ワーズワース将校にお任せします。ソコウォースキー中佐には、 引き続きメディチ海軍大将の監視をお願いするように伝えておきます。ハザヴェルド少将も同様です。 いいですね?」 「承知いたしました、スペンサー大佐」 「それでは、本日の会議はこれにて終了します。明日は予定通り、陛下を交えての御前会議を 行います。遅刻のないように。以上です」
クレアはディスプレイの画面を消すと、1つ大きく伸びをして、 黒いファイルを手にして立ち上がる。
退席しようとしたクレアを止めたのは、 先ほどまで会議の指揮を取っていたメアリだ。
「その堅苦しい言い方はやめなさい。もう会議は終わったわよ」 「……それもそうね、メアリ」
元上司と部下だった2人も、今では国は違えど、同じ階位に立つ者となっていた。
「会議が終わったら、陛下がお会いしたいっておっしゃっているの。出来れば、 ナイトロード中佐も一緒にって」 「アベルも?」 「ええ。……相変わらず、陛下に慕われているわね」 「あなたほどじゃないでしょ?」 「それもそうだけど」
窓ガラスから流れる光が、まるで道行く者達を優しく出迎えてくれる。
立場としては全く違うわ」 「あなたの言うことは正しいわ、クレア。……それにしても」
クレアもその視線を追いかけた。 そこに歩いているのは、将軍服に身を包んだ2人の男性だった。 正確には、内側をあるく、やたらと背が高い情報将校だ。
「明日は嫌でもそうせざるを得ない日でしょうに」
そして、背の高い彼のジャケットの襟を思いっきり後方へ引っ張った。
「……な、何の話でしょうか、キース大佐?」 「とぼけるのもいい加減にしなさい!!」
そして、訳の分からない口論が始まった。 「急に苦しいことするな、クレア!」 「笑うあなたがいけないんでしょう!」 「あのなあ、別に好きで笑ったんじゃないぞ。てかそもそも、想像しやすい例をあげるクレア がいけないんじゃないか」 「『想像しやすい』? そんなに父さんを八つ裂きにする私が想像しやすかったって言いたい わけ?」 「するだろ、お前なら」 「あ〜の〜ね〜〜〜!!!」
「本人達の気が済むまでやらせればいいんじゃないかね、メアリ君。この2人のこのやり取りは、 今に始まった話でもないし」 「……はあ」
前方にいる部下達を監察していることを知ってか知らずか、 クレアとトランディスの炸裂した口論が続いた。 しかも、内容が内容なだけに、収集がつかなくなっている。
「こんなんって、随分酷い言い草だな。もう情報提供してやらんぞ」 「それは困る。トランディス、今回は一歩引きなさい」 「な、何で俺が!」 「あなたもよ、クレア。それに、ここでこれ以上騒いだら、陛下にご迷惑がかかるわ」 「う……」
「こっちもだ。だが、次は覚悟しとけよ」 「何の覚悟しろって言うのよ、全く……」
そんな2人を、ウィリアムとメアリが冷静な眼差しで見つめているのだった。
「……だと、いいのですが……」
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トランディスとクレアは、昔からこんな関係です。
これだから、アベルが妬くんですよ(え)。
メアリと教授が登場しました。
メアリはクレアの元上司、教授はトランディスの師匠で、
クレアはシェイン経由で知り合いました。
クレアが教授を「小父様」と呼ぶようになったのも、それが原因じゃないかと。
素敵です、小父様(笑)。
次回は、ついにエステル登場です。
お楽しみに!!
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