イフリス宮殿。

 皇帝区の中心にあり、フィークルスフェイクの象徴でもある、

 第30代皇帝エステル・ブランシェの居住地でもある。



 その1室にある会議室には、国が誇る上階位軍人・将軍がテーブルを囲み、

 毎月恒例ともなる報告会が開かれていた。

 今回はそれだけではなく、

 来週執り行われる、エステルの誕生祭の打ち合わせも兼ねていた。




「諸君もご存知のように、近頃、皇帝陛下に脅迫状が頻繁に送り込まれている」




 皇帝区情報将校ウィリアム・ウォルタ・ワーズワースは、

 参加者の前に置かれているディスプレイに、その脅迫状を表示させる。

 新聞で切り抜けられたかのようなバラバラの字体で表記され、

 その内容は、誕生祭の中止を促す内容になっていた。




「ここからも現れるように、これを送った者――仮にXとでもしておこう――は、

陛下に対して反発を持つ者だと考えられる。よって今回は、いつも以上に警備を増量

させることを推奨したいのだが、どうだろうか」

「ありがとうございます、ワーズワース将校」




 説明を終えたウィリアムに礼を述べたのは、

 皇帝区軍総括大佐であるメアリ・スペンサーだった。

 本来なら、彼女の上司であるジェーン・ジュディス・ジョスリン中将が指揮を取るのだが、

 テロリストの攻撃がいつ繰り出されるのか分からないため、今回は欠席していた。




「『誕生祭を中止しろ。指示に従わなければ、メインイベントである祝杯パレードに射殺する』……。

う〜む、厄介なことになったものだ」




 イスターシュ海軍大佐ピエトロ・オロシーニが唸り声を挙げる。

 巨大な体に、目の前のディスプレイが小さく見えてしまう。




「考えられる首謀者はいないのか、ワーズワース将校?」

「それに関しては、私が説明いたします」




 ウィリアムの代わりに立ち上がったのは、

 眼鏡に将軍服を身に纏った、ウェステル陸軍少将兼情報将校トランディス・ハザヴェルド。

 そう、同席しているクレアもお馴染みの、あのトランディスである。




「首謀者は恐らく、陛下を憎んでいる者――つまり、3年前に行われた皇帝選挙に

破れた者だと考えられます。その中の誰かが、テロリスト集団と手を組んで、

今回の惨事を招いたのだと予測されます」




 話し方といい、格好といい、いつものトランディスとは違うため、

 クレアは思わず笑ってしまいそうになる。

 堪えるのが大変だ。




「皇帝選挙の候補者……。確か、メディチ海軍大佐もいましたね。彼も一応、

王家の血を引いているものですから」

「少しだがな。それに関しては、ソコウォースキー中佐に調査してもらっている。

今回は共に来ているが」




 イスターシュ海軍中佐パウラ・ソコウォースキーには、

 ここに来る前にあるティーラウンジで顔を合わせていた。

 クレアにとっても、大事な友人の1人である。




「だとすると、あと考えられるのは、陛下の伯父上に当たるアルフォンソ・デステ大将

ってことになりますわね。彼に関しては、何か情報はあるのですか?」

「最近になって、たくさんの人を招いては、お食事会などを執り行っているようです。

どれも、政治界でも大御所だと言われている者ばかりです」




 トランディスの説明を追うように、ディスプレイにいくつもの名前が表示される。

 その中の、ある1つの名前に、クレアの目が止まった。



「……シェイン・キース? 父も招かれたということでしょうか?」

「いえ、彼は招待を受けたそうですが、丁重に断ったとのことだと、ご本人が申していました」

「なら、いいんですが」




 シェインは決して政治家ではない。

 単なる退役した元ウェステル陸軍大佐だ。

 それでも、昔の彼はヒーロー的存在だったため、こういう場にはよく招待されるらしい。




「父はこういった堅苦しいのが苦手な方だから、相手が誰であろうと、そう簡単に行く

ような人ではありません。先日だって、スフォルツァ中将とのお食事会も断ったぐらいですし」

「メディチ大将の時も同じだ。それに、某としても、キース元大佐が、今回の惨事の

手助けをしているとは思えん」

「してたら、私が八つ裂きにするわよ」




 ピエトロの言葉に、クレアが鋭い突っ込みを入れると、

 離れた位置に座っているトランディスが笑った。

 それも目撃するなり、クレアが鋭い視線を送ったのだが、どうやら本人は気にしないらしく、

 軽く苦笑するだけだった。




「デステ卿に関しては、僕の方で調査中だ。詳しいことが分かり次第、すぐに伝える予定でいる」

「一刻も早い速報を頼むぞ、ワーズワース将校」

「勿論だとも、オロシーニ大佐」




 自信満々の笑みを浮かべるウィリアムに、昔の彼をよく知るクレアは思わず苦笑してしまう。

 きっと彼のことだ。何かを企んでいるに違いない。

 そう言ってしまっても可笑しくないぐらいだ。




「では、デステ卿にかんしては、ワーズワース将校にお任せします。ソコウォースキー中佐には、

引き続きメディチ海軍大将の監視をお願いするように伝えておきます。ハザヴェルド少将も同様です。

いいですね?」

「承知いたしました、スペンサー大佐」

「それでは、本日の会議はこれにて終了します。明日は予定通り、陛下を交えての御前会議を

行います。遅刻のないように。以上です」




 メアリのその一言で、会議は無事に終了した。

 クレアはディスプレイの画面を消すと、1つ大きく伸びをして、

 黒いファイルを手にして立ち上がる。




「クレア」




 退席しようとしたクレアを止めたのは、

 先ほどまで会議の指揮を取っていたメアリだ。




「何でしょうか、スペンサー大佐」

「その堅苦しい言い方はやめなさい。もう会議は終わったわよ」

「……それもそうね、メアリ」




 メアリとクレア。

 元上司と部下だった2人も、今では国は違えど、同じ階位に立つ者となっていた。




「で、何かあったの?」

「会議が終わったら、陛下がお会いしたいっておっしゃっているの。出来れば、

ナイトロード中佐も一緒にって」

「アベルも?」

「ええ。……相変わらず、陛下に慕われているわね」

「あなたほどじゃないでしょ?」

「それもそうだけど」




 一緒に会議室を出て、長い廊下を歩き始める。

 窓ガラスから流れる光が、まるで道行く者達を優しく出迎えてくれる。




「あなたは軍として慕われ、私は1人の知人として慕われている。同じ慕われてることでも、

立場としては全く違うわ」

「あなたの言うことは正しいわ、クレア。……それにしても」




 メアリの視線が前方を向いていることに気づき、

 クレアもその視線を追いかけた。

 そこに歩いているのは、将軍服に身を包んだ2人の男性だった。

 正確には、内側をあるく、やたらと背が高い情報将校だ。




「彼もよく、あそこまで変貌するわね。明日もあれで通すのかしら?」

「明日は嫌でもそうせざるを得ない日でしょうに」




 メアリの側から離れ、クレアはそろりそろりと相手の後方へ足を進める。

 そして、背の高い彼のジャケットの襟を思いっきり後方へ引っ張った。




「先ほどはよくも笑ってくれましたわね、ハザヴェルド少将?」

「……な、何の話でしょうか、キース大佐?」

「とぼけるのもいい加減にしなさい!!」




 クレアが襟を外した時には、2人の足はその場に止まっていた。

 そして、訳の分からない口論が始まった。




「急に苦しいことするな、クレア!」

「笑うあなたがいけないんでしょう!」

「あのなあ、別に好きで笑ったんじゃないぞ。てかそもそも、想像しやすい例をあげるクレア

がいけないんじゃないか」

「『想像しやすい』? そんなに父さんを八つ裂きにする私が想像しやすかったって言いたい

わけ?」

「するだろ、お前なら

「あ〜の〜ね〜〜〜!!!」



「……これは止めたほうがいいのでしょうか、ワーズワース将校?」

「本人達の気が済むまでやらせればいいんじゃないかね、メアリ君。この2人のこのやり取りは、

今に始まった話でもないし」

「……はあ」




 後方にいる2人――1人は後方に下がったのだが――が、

 前方にいる部下達を監察していることを知ってか知らずか、

 クレアとトランディスの炸裂した口論が続いた。

 しかも、内容が内容なだけに、収集がつかなくなっている。



 そして、ついに監察しているだけではいられなくなってしまった。




「小父様も、何かおっしゃって下さい! 弟子がこんなんでいいんですか!?」

「こんなんって、随分酷い言い草だな。もう情報提供してやらんぞ」

「それは困る。トランディス、今回は一歩引きなさい」

「な、何で俺が!」

「あなたもよ、クレア。それに、ここでこれ以上騒いだら、陛下にご迷惑がかかるわ」

「う……」




 どうやら、2人とも上司には敵わなかったらしい(え)。




「……まあ、今回だけは見逃してあげるわ」

「こっちもだ。だが、次は覚悟しとけよ」

「何の覚悟しろって言うのよ、全く……」







 諦めたように手を挙げるトランディスに、呆れたようにため息をつくクレア。

 そんな2人を、ウィリアムとメアリが冷静な眼差しで見つめているのだった。




「本当、素晴らしい友情だねえ。これで、ウェステルも安泰だ」

「……だと、いいのですが……」

















トランディスとクレアは、昔からこんな関係です。
これだから、アベルが妬くんですよ(え)。

メアリと教授が登場しました。

メアリはクレアの元上司、教授はトランディスの師匠で、
クレアはシェイン経由で知り合いました。
クレアが教授を「小父様」と呼ぶようになったのも、それが原因じゃないかと。
素敵です、小父様(笑)。

次回は、ついにエステル登場です。
お楽しみに!!






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