ウェステル中心部にある中央駅。 たくさんの人々が新しい出発をし、たくさんの人々が懐かしさに浸っている。 いくつものホームの中心部列へ、1車の列車が止まる。 皇帝区からの直通列車だ。 それだけではない。 1車輛だけ軍専用車輛になっているのだ。 めったに見ることのないため、人々は足を止め、車輛に釘つけになる。 一体、どんな人物が乗っていたのであろうか。 誰もが注目する中、1つ扉が開き、ゆっくりと姿を現した。 長身の体にカーキーの軍専用の正服を身に纏い、 髪は腰あたりまで真っ直ぐ伸びた茶色のストレートヘアーで、 ところどころが黒く染まっている。 シルバーの薔薇が着いた黒十字のピアスをつけており、 大きなこげ茶のトランクを持っていた。 女性。しかも、美人という領域に入る容姿だということは、 見てすぐに分かった。 だが彼女はそれだけでないことを、まだ彼らは知らないでいた。 「クレアさーん! ここですよー!!」 遠くから聞こえる声に、呼ばれた女性は視線を動かす。 大きく手を振る相手は長い銀髪の髪を持ち、クレアと同じ軍の正服を身に纏っている。 そして、頼りない顔を余計に崩して満弁の笑みを零している。 それを見て、呼ばれた彼女は思わず苦笑してしまった。 軽く手を挙げて合図をすると、足をゆっくりと進める。 呼んだ者の前へ到着すると、大きくため息をつく。 「久しぶりね、アベル。相変わらず、情けない顔しちゃって」 「失敬な、クレアさん。それが、再会のお言葉ですか?」 「私はただ、見たままのことを述べただけよ」 トランクを持とうかという誘いを断り、女性――クレアはアベルの横を歩き出す。 人々はまだ彼女に釘つけだったが、アベルが隣にいるからなのか、数は徐々に減っていった。 「いや〜、初日から人気者ですね〜」 「これだから、一般車輛でいいって言ったのに。ジェーンがそれじゃあ示しがつかないからって、 「どうせ乗っても眠っているだけなのですから、そう変わりないんじゃあ……」 「何か言ったかしら、アベル?」 「い、いいえ、何も……」 咳払いをして誤魔化すアベルを、クレアはわざとらしく睨みつけた。 その姿は、どこか楽しそうにも見える。 大きな門のような扉に到着し、そこから外へ出る。 昼過ぎの太陽が眩しく輝く、思わず目を掠める。 少しずつ慣れていくと、目の前に広がる世界に、顔がぱあっと明るくなる。 「本当、写真に見たのと同じ光景だわ」 そこか、懐かしさを感じるその光景は、彼女がいた皇帝区とは違って素朴さを感じた。 人々は笑顔で溢れ、とても生き生きしている。 車やバイクは排気ガスを最低限に減らしており、環境にも配慮しているようだ。 「クレアさんは都会派だから、少々物足りないんじゃないんですか?」 「あら、私、結構こういう街並み好きよ」 「そうですか。よかった」 まるで自分の故郷を褒められたかのように胸を張るアベルに、 クレアは思わず笑ってしまう。 なぜなら彼は、クレアと同じ皇帝区出身だからだ。 もっと正確に言えば、この2人とアベルの兄とは幼馴染みで、 幼い頃からともに過ごしてきていた。 「それじゃ私、スフォルツァ中将に到着の連絡をして来ます。そこから動かないで下さいね」 「ええ、分かったわ」 小走りに去っていく彼の姿を、クレアは見送るように微笑む。 そして、ふと思った。 おかしい。 部隊の全員には通信機が手渡されているはずなのに、 どうして彼は持っていないのだろうか。 さては、忘れて来たとか言うのではないだろうか。 そんなことを思うと、相変わらずのドジ振りに、再びため息が漏れた。 それはあとで本人に聞けばいい。 クレアはそう思い、しばらく街の雰囲気を観察することにした。 これからは軍を引っ張らないといけない身であるため、 街のことを少しでも知っていなければならないからだ。 あちらこちらに視線を向けているうちに、クレアは徐々に街の様子を把握し始めた。 目が慣れて来たのかもしれない。 大きな物音が聞こえたのは、その時だった。 いや、中には気づかない人もいるから、そんなに大きな音じゃないのかもしれない。 「ちょっとぐらい、いいじゃねえか」 アルコールを摂取しているようで、舌がうまく回らない男が、 2人の少女に声をかけていた。 少女は見た感じ同じ顔をしている。双子だろうか。 「いつも、いいものを見せてもらっているお礼だ。俺と一緒に飲もうや」 「そんな、私達、まだ買出しが……」 「買出しなんてもんは、男店主に任せりゃいいじゃねえか。俺と一緒に楽しもうぜ」 「い、嫌! 止めて下さい!!」 双子の1人が、男を押し倒す。 そんなに力はないが、相手が酔っているため、 大柄な体はいとも簡単に地面に叩きつけられた。 打ち所が悪かったのだろうか。 しばらくの間立ち上がらなくなったようで、 その隙を狙って、2人は走って逃げていった。 「くそっ……、おい、待て、お前ら……」 立ち上がった男の言葉はそこで止まった。 足に何かがあたる感触がし、それに躓いて、また前方に倒れてしまう。 先ほどよりも大きな地響きが、地面に振動を引き起こす。 双子も思わず振り返り、男の方を見た。 「あーら、ごめんなさい。足が飛び出てしまったみたい」 女性にしては伸張が高く、腰まである茶髪のストレートヘアーをなびかせて立つ人物は、 服装を見た感じで、すぐに軍人だということは分かった。 この街に軍人の1人や2人いるのは今に始まった話ではない。 しかし、今いる軍人は見たことがない人物だった。 「いてててて……、……やい、何しやがるんだ、てめえ!」 「こんなところでナンパするあなたがいけないんじゃなくて?」 「何だとお!? 俺はあの2人の店に通ってやってる客だぞ!?」 「『通ってやってる』って、随分偉そうに言うのね。それじゃ、無理やり通ってるみたいじゃない」 「こおんの……、舐めんなよ!!」 立ち上がったのと同時に、相手が拳を握って向かって来る。 だが、向かう拳に対し、相手は軽く右に体を傾けて避けるだけだった。 男の体がするりと横を通り過ぎ、前方にある酒樽に突っ込んで行く。 もう古いものだからか、それとも体重のせいか、酒樽が破壊され、 中に入っていたワインを一気に浴びて、そのまま伸びてしまった。 「このまましばらく、反省しなさい。……あ、これで、新しいワインを買って下さい」 「ああ、はい。……ありがとうございます」 呆れたように見つめながら、クレアは表に出てきた店の店主に、酒樽代分のお札を渡す。 唖然としていた店主がそれを受け取ると、そそくさと店の中へ入っていくのを見てから、 クレアは先ほどの双子のところまで向かった。 「2人とも、大丈夫?」 「は、はい。……ありがとうございます」 「どういたしまして」 安心したかのように、クレアは彼女達に微笑むと、 その笑顔に、なぜか双子の顔が赤くなる。 その姿に、クレアは可愛いと思ってしまう。 「それじゃ私達、まだ買出しが途中なので、これで失礼します」 「そう。それじゃ、気をつけてね」 「はい。……あ」 その場から離れようとしたが、1人がすぐに戻って来て、 クレアの前に1枚の小さな紙を差し出した。 「もしよかったら、夜に遊びに来て下さい」 「夜に?」 「キリエ、行こう!」 先を急いでいた少女が声を上げると、 クレアの前にいる少女が頭を下げ、その場を走って去っていった。 そんな2人の姿を見送るように見つめていると、 後方から誰かが走って来るのを感じ、振り返った。 「お待たせしました〜。中将が領邸でお待ちですので、すぐに行きましょう」 「そう。ありがとう。……ああ、アベル。このお店、知ってる?」 歩き始めたアベルの後を追うように歩き始めると、 クレアは手にしていた紙を彼に見せる。 それを受け取ったアベルの表情が目を見開くと、 驚いたようにクレアへ聞いた。 「クレアさん、これ、どうしたんですか!?」 「酔っ払いに絡まれた双子を助けたらもらったの。……もしかして、知り合い?」 「ええ。このお店は、私達の行きつけの酒場なんです。クレアさんが会ったというのは、 「キリエとリエル? ……もしかして!」 「ええ。ヴァーツラフ・ハヴェル元ウェステル陸軍大佐の姪御さん達です」 ヴァーツラフ・ハヴェル。 クレアが尊敬して止まないウェステル元陸軍大佐で、ここまで導いてくれた人だ。 ここに住んでいることは知っていたが、 まさかこんな形で初対面を向かえるとは思ってもいなかった。 「よかったら、今夜行ってみますか? 確か、ステージがある日ですから」 「ステージ? 何かやってるの?」 「ええ。そりゃあもう、すごく綺麗なんですよ〜。絶対、クレアさんも気に入ります」 アベルの楽しそうな顔に、クレアは疑問に感じながら、 夜にまた彼女達に会えることに嬉しく思ったのだった。 |
クレア、無事にウェステル到着。
そしてアベルとの再会です。
幼馴染みな2人なので、特に堅くもなく、すごく自然な感じにしてみました。
そして、イシュトー姉妹も登場。
可愛い2人です。大好きです。
これからもたくさん登場してくる予定なので(特にキリエちゃん)、お楽しみです。
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